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卒業 02

「………」 俺の言葉に目を見開いてパッと顔を背ける柚さん。 うわ、やっぱ引かれたか。流石に。気持ち悪いよな。ずっと着てたジャケットが欲しいなんて。俺だったら「こいつヤバい奴かも」なんて思うかも知れない。やば… 「ご、ごめんなさい!嘘です…!ボタンだけで大丈夫です、俺っ…」 「…なんで、俺のジャケットが欲しいの?」 「それは、えっと」 あれ、なんか今ちょっと違和感があった。なんだろ。分かんないけど。 でも今はそれより柚さんに引かれない言葉を選ばないと… 「…やっぱり、好きな人が身に付けてたものを持っておきたいというか」 顔を背けていた柚さんがこちらを見る。柔らかな髪がサラリと靡く。 「本当のことが聞きたいな」 綺麗な目。大きなアーモンド型のキラキラした瞳だ。宝石のような瞳を囲うのは睫毛の長い二重で、この宝石は俺だけを見つめてくれるたった1つの宝物。 ――駄目だ。 大好きなこの瞳を前にして、嘘なんて俺には付けない。 「………本当は柚さんの匂いがついたものが手元に欲しいんです。会えない時間…それで我慢するから…」 「へぇ…これで何するつもりなんだろ」 少し意地悪そうな表情に変わる柚さん。この顔はよく俺を組み敷いた時に見る顔だ。そんな顔を見てしまうとゾクゾクと背筋が震える。重ねた肌の濃密な時間を思い出してしまう。 「へっ変なことはしません!…ただ」 「うん」 ベンチに座っていた柚さんは俺の横から立ち上がり、瞼を伏せてきちんと留めていたジャケットのボタンを一つずつ外して行く。長い睫毛。それに憂いを感じてドキリと胸が高鳴る。 「ただ…柚さんの匂いを抱き締めて寝られたら、幸せだなあ…と思って」 言葉を紡ぎ終わるのと同時くらいに、柚さんの手がジャケットの最後のボタンを外した。 「…!」 ぐいっと上からネクタイを掴まれて思わず前のめりになるとそのまま目の前の可憐な唇に口付けられ、堪らず鼻にかかった声が上がった。 突然のことに一瞬驚いたが、俺を求めてくれるようなキスに気持ちが蕩けて体の力が抜けていく。何度したって柚さんとのキスは幸福感でいっぱいになってどうしようもなくなってしまうんだ。片想いをしていた頃を思うとなんと幸せなことか。 ちゅ、とリップ音がして離れたけど、きっと柚さんを見つめる俺の目はとろんと蕩けきっているに違いない。阿保面だろう。 そんな俺の視界いっぱいにバサッと被せられたのはネイビーカラー。ふわりと包み込まれる柚さんの香りに急いで顔から少し重たい紺色を取り除くと、先程まで柚さんが着ていたジャケットだった。 「これ…くれるんですか?」 キスをしている間にジャケットから腕を抜いていたようで、目の前の可愛い恋人は濃いグレーのニットにカッターシャツとネクタイ姿だ。 「あげる。でもそんなので満足したら、僕怒っちゃうからね?」 悪戯っ子のように笑う顔にドキドキが止まらない。嬉しい。嬉しい。嬉しい! 「たいっ、大切にします!柚さんホント大好きー!」 感極まってベンチから飛び跳ねるように抱き付くと、予想していなかったのか「おっと」とよろめく柚さん。しまった!柚さんが俺より華奢なの忘れてた…! 慌てて自分の方に重心を戻すと、柚さんの手の平が俺の頬に触れる。 「ありがと。…ところで実はもう、部屋契約終えてて今日からでも暮らせるんだけど…どうする?」 荷物開けてないからベッドしか使えないけどね、と付け足されて俺は貰ったジャケットをギュッと握り締める。 毎日会えなくなるのはやっぱり寂しい。 寂しいけれど、柚さんが卒業するのもそんなに悪く無いかも…なんて、可愛い笑顔に怒られそうなことをひっそり思ってしまった。

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