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第3話
卒論も就活も上手く行っているとは、羨ましいことだ。
もしかしたら、恭一郎はαなのではないだろうか。
その疑問は、中学生の頃くらいから、ずっと心の中に燻っていた。
恭一郎は文武両道で、成績はもちろん運動神経もいい。
その上見た目もいいとあれば、彼の前には輝かしい未来が広がっているのではと考えるのは自然だろう。
恭一郎に不足しているものと言えば、恋愛経験くらいのもので、異性へ関心を持っているという気配を感じたことがない。
その気になれば誰とでも付き合えそうなのに、どうしてそうしないのかが不思議なくらいだ。
「つくづく、お前ってスゲーと思うわ」
「何だ、いきなり?」
ヤバイ──、と圭は咄嗟に直感した。
こんな衆人環視の中だというのに、ヒートが始まったように思えたからだ。
仕方なくバッグから抑制剤を1錠だけ取り出し、お茶で喉へと流し込む。
薬の効果が出るのは30分後、それまでヒート期特有の甘い匂いがどこへも洩れないといいのだが、こういう要望はいつだって叶わない。
「何でもできて羨ましいってこと。悪ぃ、俺、帰るわ」
圭は中腰になって食べかけの食事を乗せたトレイを手にすると、学食を後にしようと恭一郎に背を向けた。
「ちょっと待て、葛城。まだほとんど食べていないだろう?何があった?」
小さく振り返れば、恭一郎もトレイを手に圭の後を追ってくる。
「……午後の授業には出らんなくなった」
どうしよう、隠し通せるだろうか。
否、そもそも恭一郎は圭がΩであることに、本当に気付いていないのだろうか。
だがこんな時にヒートを迎えれば、一人でいるより信頼できる誰かと一緒に家に帰った方が遥かに安全だ。
甘い匂いを撒き散らしながら帰って、性犯罪を引き起こしてしまったら、取り返しがつかなくなる。
「恭一郎、ホントに悪ぃんだけど、俺を家まで送ってくんねーか?」
ああ、情けない。
Ωの身体は一人では生きていけないようにできているのかと思うと、自分で自分がもどかしくてたまらない。
「タクシーを使うぞ」
「……え?」
少し間が空いたのは、一瞬何を言われているのかが分からなかったからだ。
今、恭一郎は「タクシーを使う」と言っただろうか。
学生の分際で、そんな無駄遣いをしてもいいのだろうか。
第一、なぜタクシーなのだろうか。
数多の疑問がひしめく中、何とか学食を抜け出して校舎の外に出たところで、恭一郎に腕を掴まれ人目のつかない場所まで連れて行かれた。
「葛城、お前はΩということで間違いないな?」
「な、何言って……」
「誤魔化している場合ではない、ちゃんと答えろ。お前を家まで送るのはいいが、タクシーを使う。だが一人で乗るのは危険だ」
「──っ!?」
恭一郎はどこまでも真剣だった。
この幼馴染が時折甘い匂いを発していて、翌日は決まって1週間から2週間ほど学校を休むのが常だ。
「俺はαだ」
αだからこそ、Ωの甘い匂いが他の誰よりも甘く感じ、誘惑される。
だがそれは恭一郎に限ったことではなく、他の人間にも言えることだ。
よってたとえタクシーであっても決して一人で乗せてはならない。
ドライバーが圭の匂いに反応してしまったら、車内での犯罪を誘発しかねないからだ。
「……やっぱりな。お前はもしかしたらαなんじゃねーかって思ってた」
「だから今のお前が危険な状況にあることが理解できる」
「んで、同情とかしちゃってるワケ?」
「とにかく家まで送る」
恭一郎はようやく心の霧が晴れたような気分だった。
モデル顔負けの顔立ちをした圭は、よく女子に告白されていたが、誰からの告白も受け入れたことがなく、自分から告白しようとしたこともない。
それがずっと不思議だったが、男性Ωだったのであれば説明がつく。
そんなことを考えながら圭の腕を引っ張っていると、校門の外に出た。
細い路地ではあるが一方通行で、時折タクシーが通り過ぎるような場所だ。
幸いなことに、2人が校門から出てすぐに、赤い文字で「空車」の表示のあるタクシーが向かってきた。
恭一郎は手を上げてタクシーを止め、圭を奥に押し込んでから自分も乗り込む。
そして圭の自宅への道を指示すると、ようやく腕を放してやった。
「……そっか、やっぱり知ってたんだ」
車窓から外の景色を眺めながら、圭は力なく呟いた。
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