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第5話

とても「無事に」とは言い難い状況下で、圭と恭一郎はようやく501号室の中へ入った。 圭を目当てに群がっていた輩は、エントランスでエレベーターに乗る際に、恭一郎が手早く振り払ってくれた。 中には階段で追いかけてくる者もいたが、部屋に入ろうという直前に恭一郎がみぞおちに蹴りを入れてくれたお陰で、とりあえず帰宅できた。 「怖い……」 家に到着するなり、圭は玄関にへたり込んだ。 こんなにも他人の性欲を煽ることがこれまでなかっただけに、余計に恐怖が身に沁みる。 「葛城、とりあえずベッドで寝ろ」 先に上がり込んでいた恭一郎が、圭の腕を引っ張り上げて肩にかけ、1DKという間取りの中の一室に連れて行ってくれた。 室内にはベージュのカーテンが引かれているが、陽光が強くて光を遮るには至っていない。 ベッドは部屋の奥、勉強机の向こうに置かれており、圭はそこに辿り着くなりダイブするように倒れ込んだ。 「さっき学食で飲んでいたのは、抑制剤か?」 「そうだよ……まさか、こんな突然来るなんて思ってなくてさ……」 「そうか。とりあえず、俺は葛城先生が来るまでここにいる。疲れているだろうが、先生に連絡しておけ」 「恭一郎……確かお前も姉ちゃんのLINEのID知ってるよな?」 そう訊かれると、恭一郎は不本意だと言わんばかりに頷いた。 できることなら関わりたくない相手だからた。 「悪ぃ、俺の代わりに連絡頼んでいいか?何もできそうになくてさ……」 「俺がいなかったら、お前は自分で連絡するんだろう?」 「いや、どうだかな……手足が思うように動かねーんだ……」 こんなヒートは初めてだ、とも言い添えれば、恭一郎は仕方がないとばかりに自分のスマホをバッグの中から取り出した。 そしてベッドの上でうつ伏せになる圭の背をさすりながら、片手で聖のLINE IDを探す。 それはすぐに見つかった。 そもそも恭一郎の交友範囲はとても狭く、LINEに登録している友人と言えば圭と聖くらいのものなのだ。 『加納です。葛城が突然ヒートになりました。いつものヒートとは違って、他人に影響をもたらしています』 簡単なメッセージを打って送信ボタンをタップした。 相手が返信しようがしまいが、どうでもいい。 ただ圭を一人にはしておけないというのは、残念ながら疑いようのない事実だ。 閉め切った部屋の中は外に比べれば格段に安全だと言えるが、危険の可能性は常に存在する。 それに圭が取り乱しているのも、気になるところだ。 今迂闊に一人にしてしまったら、心の中の不安を煽ることにしかならず、挙句何をしでかすか分からない。 すると、聖からの返信が届いた。 『分かったわ。すぐにアタシが行くから、アナタは帰ってて』 俺に会いたくないのか──、と恭一郎は少しばかり眉を顰めた。 事情が事情なだけに会いたいと思えないのは仕方がないが、それは恭一郎と聖の間の問題であって、圭は無関係だ。 「葛城、先生がすぐに来てくれるそうだ。俺は帰るが、少しの間耐えられるか?」 「な、んで……耐えられると思うんだよ?無理に決まってんだろ……」 それはそうだろう、未だにさっき追いかけてきた輩が時折玄関の戸を叩く音が聞こえている。 彼らが退散しない限り、圭は安心して眠ることもできないのだ。 「じゃあ、先生がいらしたら入れ替わりで帰る。難しいかもしれないが、とにかく眠ってしまうことだ」 「姉ちゃんより……お前がいてくれる方が安心なんだけどな……」 そうかもしれない。 先ほどマンション前で退けてきた輩が、どこかから洩れる圭のフェロモン臭を覚えていて、この部屋に辿り着いてもおかしくはない状況だ。 そんな事態に陥ったら、あの細身の聖では対応できないだろう。 だが、一方でそうしてしまったら、自分は大丈夫なのかとも思う。 恭一郎はαで、当然圭の甘い匂いをこれでもかとばかりに嗅がされてしまっている。 今は理性で性欲を抑えられていても、長時間一緒にいたらどうなるのかまでは予測できそうにない。 「いいか、葛城。俺はαだ。お前の匂いに煽られて、いつ外の連中と同じ行動を起こしてもおかしくはない」 「いいぜ……お前になら……」 「──っ!?」 それは思いもよらない鮮烈なカウンターで、恭一郎は数瞬呆気にとられてしまった。

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