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第6話

抑制剤が効いていても、いつ体液が服を濡らすことになるのかは分からない。 気怠さはあるが手を伸ばせば届く場所にいるαを、Ωの性欲に巻き込むつもりもない。 ただ、薬は所詮身体を制御することしかできず、暴走する心を止められない。 「参ったな……なーんか俺、お前にコクってるよな?」 「ヒート中の気の迷いだ、俺は気にしていない」 「ちょっとは気にしろよ……つーか、大いに気にしろ……初めての相手はお前だって決めてんだ……」 本当に自分は何を口走っているのだろうと、圭はぼんやりする意識の中で考えていた。 口にしてはいけない想い、だけど口にしなければ伝わらない想い。 墓場まで持って行くつもりだったが、どうやら自分は自覚しているよりも欲張りなようで、こんな状況下で恭一郎に告白しているのだから、呆れるしかない。 そんなことを考えてひたすらベッドでうつ伏せになっていると、インターホンが室内に鳴り響いた。 恭一郎がいち早くその音に反応して玄関へと移動する。 覗き穴から聖の姿を確認し、素早く内鍵のチェーンを外して細くドアを開け、身を滑らせるようにして入ってくる聖を出迎えた。 「ちょっとぉ、外がスゴイことになってたんだけど……アレってまさか……圭ちゃんのヒートにあてられた連中……?」 「恐らくは」 「信じらんない……一応警察に電話して帰らせてもらうよう頼んだけど、このフロアにも何人かいたわよ」 聖曰く、恭一郎からの連絡を受けて病院を早退し、ここへ駆け付けたのだそうだ。 自分の患者より弟が気掛かりだというのも医師としてどうかと思うが、恭一郎よりも圭の近くにいるからこそ、そうしてしまうのだろう。 「圭ちゃんは?」 「部屋にいますので、お願いします。俺は帰ります」 「ちょっと待って。帰るのは圭ちゃんの診察が終わってからにしてくれる?」 「なぜです?あなたがここにいれば、問題ないでしょう」 だからさっきLINEで「すぐにアタシが行くから、アナタは帰ってて」と、入れ替わりにここへ来るようなことを言っていたはずだ。 「俺は必要ありません」 「それを決めるのは、アタシでもアナタでもないわ」 「どういう意味です?」 聖は恭一郎の問いを耳にすると、参ったとばかりに緩やかなウェーブヘアをかき上げた。 「こういう状況下で、圭ちゃんがアタシにここにいて欲しいって言うとは限らないってこと」 「俺だって、外にいる連中の1人みたいなものです。大切な弟が傷付かない保証がない」 「うっさいなぁ……ホンット、屁理屈だけは一人前よね、恭ちゃんは」 「どうも」 「褒めてないってば。いいから、ダイニングで待ってなさいよ」 そう言われると、恭一郎はダイニングテーブルに落ち着き、圭の部屋へ入って行く聖の背中を見送った。 室内にはバニラエッセンスをばらまいたような、甘い匂いが充満していた。 聖はハンカチで鼻を覆うと、ベッドの上でグッタリしている圭の背中をトントンと叩く。 「圭ちゃーん、分かる?アタシ」 「……姉ちゃん?」 「そうよ。今回のヒート、半端ないわね。ちょっとアタシもビックリしちゃってる」 「どうすりゃいいんだ……これ……?」 「どうしようもないわ。だから単刀直入に訊く。圭ちゃんはアタシと恭ちゃん、どっちにここにいて欲しい?」 圭は考える素振りも見せず、「恭一郎に決まってんだろ」と弱々しく口にした。 理由は単純、好きだからだ。 相手は男だからとずっとずっと我慢してきたが、この先不安しかない未来を迎えるにあたって、好きな相手と1週間くらい一緒にいたってバチは当たらないだろうという言い分だ。 「そっか。圭ちゃん、恭ちゃんのこと好きだったんだ?」 「知らせるつもりはなかったんだけどな……けど、こんな盛大なヒートの時にアイツがそばにいたのって、運命かもしんねーなんて思っちまってさ……」 聖は一瞬だけ瞼を閉じると、「そうかもね」と応じた。 圭が恭一郎に想いを寄せていることは、何となく察していた。 だが男同士の恋愛など所詮実らないと高を括っていたのも事実で、できることなら恭一郎を圭から隔離しておきたかった。 なぜなら1年ほど前に、聖も恭一郎に告白して玉砕しており、それ以来彼は葛城姉弟のことをすっかり名前で呼ばなくなったからだ。

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