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第7話
聖は圭の診察を終え、睡眠薬を飲ませて寝入ったことを確認すると、部屋を出てダイニングで待機していた恭一郎の向かいに落ち着いた。
そしてバッグからパック入りのコーヒー牛乳を取り出し、飲み始める。
「相変わらず好物なのよね、このコーヒー牛乳」
「そうですか。それで、葛城は?」
「恭ちゃんに、ここにいて欲しいって。1週間くらい、いてやってくれないかしら?」
恭一郎はその話を聞くなり、あからさまな溜息を吐いた。
さっき回りくどい言い方で自分がここにいる危険性を示唆したというのに、理解しているのだろうか。
それに1週間ここにいろと言われても、着替えの類が全くないのだから、一度自宅に戻りたい。
そう聖に話せば、彼女はコーヒー牛乳を飲みながら軽く肩を竦めて見せた。
「だったら、これから服を取ってきなさいよ。外は今頃警察に追い払われて静かになってるだろうし、2、3時間ならアタシがここにいるわ」
「ですが……」
「あのさぁ……丁寧な口調で喋るの、やめてくれない?アタシが告白したこと、まだ根に持ってんの?」
「あなたはそもそも年上で、優秀な医師ですから」
優秀かどうかなど、恭一郎には分からないだろうに、お世辞でもそう言ってくれるのが嬉しいと思えてしまうのだから、聖もまだ彼のことを諦めきれていないのかもしれない。
「あ、そ。じゃあそのままでいいわ」
聖は飲み終えたコーヒー牛乳のパックを飲み干すと、片手で潰しながら恭一郎を真正面から見据えた。
フレームレスの眼鏡が知的な印象を醸し出している。
そんな彼を、自分はまだ好きなのだと再認識してしまう。
「Ωのブロックワードってやつを教えてあげる」
「ブロック……ワード……?」
初めて聞く言葉だなと、恭一郎は眼鏡の真ん中を押し上げた。
「Ωはね、女の子も男の子も『好き』とか『愛してる』って言えないのよ」
「は……?」
「Ωのヒートは下手をすれば性の暴走を招くのよ。それに巻き込まないために、好きな相手には直接的な告白ができないようになってるってワケ」
そう言えば、さっきの圭は恭一郎に告白していたが、「好き」とか「愛してる」とかという言葉は使っていなかった。
そんなワードを使わずに、立派な告白をしていた。
「葛城は、そのことを知っているんですか?」
「もち」
「いたたまれない話ですね。女も男も」
「そうねぇ……こればかりは、αと番にならなきゃ解消されないわ」
あくまでも統計上の話だがと、聖は前置した。
「俺はαです」
「へ……?」
「葛城には言いました。あなたも知っておくべきなので、言っておきます」
「ちょっと、待って……え?ちょっと、どういうこと?」
聖は瞳をあちこちに揺らしながら、恭一郎の台詞を吟味する。
αだということは、圭と番になれる可能性があるということだ。
もっともそうなるには、互いに互いを好きであることが大前提となる訳だが、恭一郎は圭のことをどう思っているのだろう。
「ちょっと待ってよ……ねぇ、アタシの告白はつっけんどんにあしらったクセに、圭ちゃんのことはちゃんと考えるっての?」
「つっけんどんではなく、あなたには恋愛的な興味が全くありませんでした」
「あ、そ。じゃ、圭ちゃんにはあるの?」
「今のところ、ありません。だからあなた方姉弟を名前で呼ぶことはやめました。妙な勘違いを招きたくないので」
どこまでも冷徹に響く台詞が、聖の心の傷口をザックリと抉る。
彼は圭にもこんな物言いをするのだろうか。
「ああ、そう言えばもう一つΩならではの特徴があったわ」
「何です?」
「Ωの巣作り。『好き』って言えない代わりなのかどうか知らないけど、大好きなαの服を山積みにして、そこに埋もれるようになることもあるわ」
ただし、ヒート中にやるかどうかは分からない。
この不思議な行動には男女を問わず、やるΩとやらないΩがいる、つまり個体差があるということだ。
「番になるにはどうすれば?」
それを自分に訊くのかと、聖は段々やりきれない気分になってきた。
「うなじにキスマークをつければオッケーよ。巷には噛み付く、なぁんて物騒な噂が出回ってるけど、そこまでしなくていいみたい」
ああ、もういやだ──、と再び髪をかき上げる。
「さっさと家から服を取って来なさいよ」
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