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第18話

それから数日後、恭一郎は聖の元を訪れた。 とはいえ彼女の自宅へ行くのではなく、病院の方に患者として訪問している。 「加納さん、どうぞ」 落ち着かない気分で窓の外を見つめていると、看護師に名を呼ばれ、恭一郎は診察室内に入る。 だが入ったところには狭い空間があるだけで、数歩歩けばもう一つドアがある。 多分ここがΩ専門医の診察室なのだろうと察した恭一郎は、二度ほどノックしてからドアを内側へと開いた。 「恭ちゃん!?」 聖はこちらを見るなり素っ頓狂な声を発し、慌てて初診用の問診票に視線を落とした。 確かに「加納恭一郎」と書かれているのに、なぜ気付かなかったのか。 「診察、いいですか?」 「アナタ、Ωだったの!?」 「声が大きいです。それに俺はαだと告げたはずです」 そうだったと、聖は手にしたボールペンを強く握り締めた。 先日圭がとんでもないヒートを迎えた時、恭一郎が自分で自分の種別を暴露していたのだったと思い出す。 もっとも、ヒートの間2人が何をどうしていたのかについては、心から聞きたくない。 その話を持ち出す気配を察したら、さっさと追い出してやろう。 「この前の圭ちゃんのヒート、付き合ってくれてありがとね」 「いえ」 「で、今日は何の用かしら?ここはΩの診察室であって、αは専門外なんですけど?」 聖はなるべく恭一郎の顔を視界に入れないよう、パソコンに向き合った。 「番になった後のΩについて、教えていただきに来ました」 「え……番……?まさか、圭ちゃんと……?」 「そうです」 そういうことかと、聖は机に肘を立てて腕に額を押し付けた。 白衣にファンデーションが付いてしまうが、そんなことはどうでもいい。 未だに忘れられない好きな男が、弟と永遠の仲になりたいなどと聞かされれば、医師であっても自棄になる。 「巣作りとヒートがなくなるという話は聞いています。それ以外に何かありますか?」 「知らないわよ……女の子のΩならともかく、男の子のΩなんて滅多にいないんだもの」 「番になったαの方に、何か変化が訪れるのでしょうか?」 「番の解消はαからしかできない。仮にアナタが圭ちゃんとの番を解消すれば、圭ちゃんの精神的ダメージは計り知れない……女性Ωがαに番を解消されて、メンタル病んで入院した、なんて話はよくあることよ」 その「よくあること」に圭が巻き込まれてはたまらないが、恭一郎がよりにもよって圭との番を考えていることの方が、今の聖にとってはもっとたまらない。 だからついつい口調が投げやりになり、恭一郎の顔をまともに見られそうにない。 「葛城先生、あなたが俺に告白してきたことは、墓場まで持って行ってください」 「っ!?」 「俺もそうします」 「圭ちゃんのために?お姉さんなんだから、そのくらいできるでしょって言いたいワケ?」 恭一郎は短く「そうです」と言って、聖の反応を待った。 正直なところ、ここへは来たくなかった。 聖に会えば必ず1年ほど前の告白の場面を思い出すだろうし、自分も相手も決していい思いはしないと分かっていたからだ。 「いいわよ、番にでも何でもなったらいいじゃない」 「ではそうします」 「もう出て行って……当分アナタの顔は見たくない……」 だが、突如として聖の心にとある疑問が浮かび上がり、診察室を出ようとする恭一郎を呼び止めた。 「恭ちゃん、アナタ圭ちゃんのこと、今どう呼んでるの?」 なぁ、姉ちゃん。恭一郎がさ、俺のこと「葛城」って呼ぶようになったんだ。なんか他人行儀じゃね──? 恭一郎に失恋したばかりの聖に、圭がそんな言葉をかけてきた。 葛城姉弟との距離をとりたいのかと、あの時の聖は漠然と考えていたが、今となっては大問題だ。 「名前で呼んでいますが」 「え……そう、なの……?」 「アイツを名前で呼んでいいのは俺だけです」 それは横っ面を引っ叩かれるほどの衝撃を聖にもたらした。 結局恭一郎は聖を選ぶことなく、圭を選んだということなのだ。 男性Ωの弟のために、男性αが隣にいてくれたらと、何度考えたかしれない。 だから恭一郎というαが圭に寄り添ってくれるなら、願ったり叶ったりなのだ。 どうして恭一郎を好きになってしまったのだろう。 それはどんなに考えても答えが出ない問題で、聖は背を向けて出て行く恭一郎を黙って見送ることしかできなかった。

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