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躾、られたい。
起きたときにはもう、晴人はいない。
情事の跡すらない布団の上に情事の後と同じ全裸体のままで一史は胡座をかいて座った。寝癖で髪が逆立っている。レースのカーテンがはためいて左脇で靡く。換気のために窓を開けたからだろう。腕の辺りを風が撫でていく。後頭部の重たさにぐらぐらと頭を揺らし、その後でかくんと天井を仰いだ。自ずから口がかぱと開く。明るい日差しが背後から自分を照らしていた。口の中が乾いているわけではないのに毛羽立っている気がした。オーラルセックスのせいだ。昨夜の感覚が残っている。口に入りきらないほどの質量を喉の奥まで突き立てられた。その上口内射精。これが風俗店やらデリヘルならそこそこの額を支払わされる。
いや、この場合払ってもらう側になるのか。
その辺はあまり深く考えても仕方ないし、金銭を要求するつもりもない。とにかく、それぐらいハードなプレイを要求されたというくらいで。
「なのに感じちゃったんだよなー……」
呟きながら天井を仰いだ。木目の目立つ天井は薄く不気味な染みがあってこのアパートの家賃が安価であることを伝えてくる。雨風さえ凌げればいいといわんばかりの無頓着ぶりは晴人そのもののようだった。
しかし、自分から脱いだ辺り要求されたというのもおかしな気がした。「ハードなプレイ」を許容したのは一史だ。体面座位で下から奥に突き立てられ、乳首がもげそうな位噛みつかれ、しゃぶられ、ほじくられこれ以上ないくらいまでにどろどろに蕩かされたあげく、更に潮噴くまで攻め立てられて、実際全身のどこで性感を得ているのか判らなくなるくらい色々な場所を同時に、あるいは時差的に弄くり回された。その結果、一史は際限のない絶頂と恍惚に放り投げ出されて、気がついたときにはまた、主のいない部屋に割と傷だらけの状態で放置されていた。
「でも、なにも言わずに仕事にいくのは違うと思う」
文句をいったところで返事は返って来ないし、文句のつもりがあったのかどうかも怪しい。そもそも、目の前に当人がいたとしたらこの言葉自体、吐き出していたかどうか。
寝癖の髪を後ろから指先で掻き、あふと欠伸する。
欄干にぶら下がったままのスーツが風の煽りを受けて不安定に揺れていた。
今日は何曜日だったか。出張に出たのは水曜。三日間、連載作家のワケわかんない戯れ言聞かされながら取材と称した完全な阿おもねり旅行。原稿仕上がって校了まで行き着いた後だから余裕もあるけど、正直溜まるもんは溜まる。暴力団やら政治家やらの張り込みの方がまだ気持ち的には生きる。気の張り詰め方が違う。そういう快感を教えたのも、晴人だ。
その晴人が、週末の今日も、自宅にいない。
今日が、初めてじゃないけど。
土日には大抵いない。たまに、大の字になったまま寝ているときもある。長身が両手両足を広げて横たわると洗濯や掃除には邪魔なのだと気づかされる。そういうときは諦めてなにもしない。パソコンを開いて記事を書く。あるいは、一緒に転た寝する。帰宅する時間はまちまちで遅いときは日付を平気で跨ぐ。自分も同じようなものだし、校了前は職場に寝泊まりするくらいだから大して差はないのだけれど、向こうはこちらの職種から業務内容まで知っているのにこちらは一切知らないというのがなんとも落ち着かない。
鴨居に辛うじて引っ掛かっているハンガーが揺れてきしきし音をたてる。
ひとつ。
息を吐いて自分の腿を叩く。ぱちんといい音が弾けてびりと痛みが走った。
「洗濯、しよう」
窓側にぶら下げてある洗濯物は一史が出掛けるときに干したものと同じままだ。それに、昨日片付ける前にコトに及んでしまったせいで出張中洗濯していなかった衣服はボストンバッグの中にくしゃくしゃに詰め込まれたままだ。
腕に力を込めて立ち上がる。腰が鈍く痛んで力が抜けた。股関節が痛い。声もなく顔を歪めて、これは完全にヤりすぎだと認識する。それ以外の何物でもない。
「いてー……」
腰骨の軋む感じと大腿骨がきちんと嵌まっていない感じ。骨盤に手を当てて体側を伸ばす。左側が特に痛んだ。
翌日に腰が立たなくなるほどセックスしたのか。そんな餓えた野獣みたいなことを社会人になってもやってしまった自分が恐ろしい。恐ろしい反面で、仕方ないとも思ってしまう。
ギャップにやられたのだ。
それはもう、はっきりと。仕方ないと思うほどに。
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