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 次の瞬間には突き飛ばされて、奈落に突き落とされたかと思ったら、勃起してるだの犯したいだの。そんな風に直球で求められて反応しないはずがない。  布団の上に無造作に置かれたボストンバックを抱え、脱衣所に向かう。一歩踏み出す度にその振動が下腹部に疼痛を齎す。股関節も電気が走るように痛い。  「体面座位の後の女の子はこう言う弊害をいつも抱えてんのかな」  結構その体位が好きな子がいるけど、翌日こんなに色々なところが痛むならもうちょっと楽な体位がいい。足を開いたのが原因なのだとすれば、バックが一番翌日には弊害がなさそうだ。  洗濯機の前でスポーツバッグを逆さまにする。衣服の丸まったのと一緒にごとごとと騒がしい音が床に響いた。階下の部屋に響いていなければいいが。丁寧に洗って消毒してその上でビニル袋にくるんだはずの性的嗜好(おとなのおもちゃ)たちは無様に転げて袋の口から飛び出していた。ぶよぶよしたのやら、派手なのやらいびつなのやらよくもまあ、買いそろえたものだと自分でも思う。あんなに自分を満たしてくれていた物どもがただのグロテスクな紛い品に見える。  実際、紛い物だった訳だ。  それを確かめる好機だとも思った。晴人とセックスをして、その後開いた空白のひとつき間。自分がこの玩具に手を伸ばさなかったのは行為の『引き金』になった恐怖心から忌避していたのか、それとも純粋に『飽き』たのか。  「こう言うのって、廃棄するときはどうするんだろ」  独り言ちて洗濯物だけより分けて洗濯機に放り込む。キャップに半分の洗剤と柔軟剤を入れて蓋を閉めるとき、仄かに桜ん坊の匂いが鼻を掠めた。すぐにがらごろとドラムの回る音がする。袋から顔を出した紛い品を手元だけで袋に詰め直してどうすべきか、鼻から溜め息をついた。  ゴミ箱の上にビニル袋を放って冷蔵庫を開ける。残念ながら消費期限を超えてしまった牛肉が冷気のなかで佇んでいる。それをパックごと庫外へだして変色の具合を見る。一日くらいなら全く問題なく食べられる。ラップを破いて肉に鼻を近づけた。においも特に問題ない。塩コショウして酒をまぶす。もう一度ラップをかけて冷蔵庫に突っ込んだ。  日の高く上がった窓際は夏を孕んでいた。  洗濯物を下ろし、畳んで押し入れの中にある晴人の衣装棚に突っ込む。押し入れの中はどこか閑散としていた。そこから除かれたのは一史の私物だけだ。  「バレッバレだったんだな……」  溜め息吐いて晴人の蔵書が入った段ボールを持ち上げる。不自然に開いたスペース。確認だけして、段ボールを戻した。襖を閉じる音が妙に大きく響いた。その襖に縋るように膝がおれる。  余りの不自然さに、顔が熱くなった。  こんな状態で、隠したつもりだったのか。本当は見つけてほしかったんじゃないのか。隠しているようでいて隠しきれていなかったバイブを見つけることは容易いに決まっている。  いつから。  いつから彼は俺の性癖に気が付いていたのだろう。燃え上がる頬を俯けて正座のまま襖に向かい合う。  女の子とするための道具だと思っただろうか。それとも端っから一史が自分を慰めるために使っていたと判っていたのだろうか。判っていたのだとしたら。  あの聡い頭の中で、俺は何度自慰に耽ったのだろう。  腹の底から沸き上がる羞恥に体が震えた。人を傷付けるものじゃないからと安易に捉えていたが、それが晴人の想像の糧となっていたのだとすれば、充分に害をなしていたように思える。  風に煽られたスーツがハンガーごと落ちる。  カーテンは膨らみ、洗濯機が洗濯の終了を教えてブザーを鳴らす。はふっと熱い息が漏れた。よろめいて立ち上がり、脱衣所に向かう。何か行動をしていなければ羞恥に狂いそうだ。洗い上がった洗濯物を籠に突っ込んで持ち上げる。  重い痛みが腰で響く。  昨日の情交を思い知らせる。  奥の、一番奥まで求められた情欲を思い出す。  あの体にしがみついて、振り落とされないように必死になって、多分、自分は泣いていた。何でかなんて判らない。ただ思考を遮る快楽に翻弄されて、狂いそうで、いや、実際、狂わされて、淫らに喘いだ。喘ぎながら泣いていた。  窓際に洗濯籠を置く。  風が足元を撫でる。  それは晴人の唇が触れた時の感触に似ていた。  体面座位のまま、足首を持ち上げられていっそう奥を穿たれた。長い一物は直腸のさらに奥、結腸を貫いて腹を突き破られるような感覚と例えようもない絶頂に一史を叩き込んだ。その激しさと対極にある足首へのキスは快感を増幅させた。苦しい体勢も肌が触れ合っていたら快感だった。

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