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あんな、激しいセックスを、晴人はいつから想像していたのだろう。一緒に食事をしながら、その頭の中で俺は、裸に剥かれ口では言うことを憚られるような場所に玩具を咥え込んでいたのだろうか。それだけではなく、余すことなくこの体を貪られていたのだろうか。
想像だけで羞恥は増して、今ここに居ないはずの晴人に貪られる幻想を見た。その上で躯は打ち震え、立って居られないほどに堅く張り詰める。
旅先では玩具を目の前にしても乗り気にならなかった躯が晴人の匂いが残るこの部屋においては夢想だけで発情する。台所に置いたままの玩具を見やる。こちらからは影となって見えないそれが、物欲しさと諦観を同時にもたらす。
ーーーどうせ、物足りない。
解っていた。実証されてしまった。出張先での絶望と、腑に落ちた瞬間の多幸感。激しく求められたときの充足。それを知った躯はもう、玩具になど満たされはしない。難儀な躯になったのだろうか。それとも、代わりに満たしてくれる者を見つけられて幸福だったのか。
絶対に後者なのは判っているのだけれど。
「思い出すだけで勃起とか、中学生か」
中学生だってその辺の調整はできそうなものだ。
好きだから思い出すだけで勃起するとか。
「発情期かしら」
呟いてしゃがみこんだまま横倒しに転がる。目の前で洗濯物が山になっている。カーテンが揺れる。頬を風が撫でる。優しい感触は晴人の指に似ている。
熱る躯が落ち着きを取り戻す。洗濯物を干したら、記事をまとめよう。そして、昼はさっきの肉を食って、晴人の帰りを待とう。今日は何時に帰ってくるだろう。週末だから、遅い時間にはならない。多分。風に髪をなぶられるままにする。思ったよりも身体的な疲労はあるみたいだ。
瞼を閉じて、眉間の辺りに溜まる微睡みに意識を溶かす。耳の奥がこそばいような感触。眼球が重くなる。
「ただいま」
施錠を開く音に瞼が開いた。横倒しのままで玄関に立つ晴人を見た。横向きの世界に立つ晴人は、横向きに長かった。
「……おかえりなさい」
冷えていたはずの躯が、一気に熱くなる。
汚れたジャージの埃を払って、スニーカを脱ぐ。腹の辺りに土だか砂だかの着いた姿はまるで地べたに直接寝そべったようだった。土木作業でもしていたのか。しかし、仮にそうだとしたらジャージ姿というのが不自然だった。
そんなことを考える間に晴人はジャージの前を開いて白いTシャツを曝す。普段黒いアンダーシャツばかり着ているせいかその明るさはやけに鮮明で、何故か心臓がどぎまぎして、いっそう躯の一部が堅く、熱く痛んだ。
―――俺は、この人のあの姿が好きなんだと思っていたのだけれど。
締まった体躯に張り付いた黒いナイロン。はっきりと浮かび上がる筋肉の形。同性なのに、体質のためか筋肉のつきにくい自分とは対照的な体。艶やかな光沢の中に浮かび上がるひとつひとつの隆起。
「何呆けてんだ?」
訝しげに眉根を寄せて低い声が呟く。体を起こすと横向きの世界が正常化する。
「せ、」
言い掛けた言葉が途切れる。白いシャツの襟ぐりに手を掛け引き上げた瞬間に覗いた脇腹。だぼついたジャージのパンツからはみ出したローライズのボクサーパンツ。黒いウエストゴムの上に複雑に隆起した腰骨と下腹部。女性とは明らかに違うボディーライン。
「なんだ?」
「いや、洗濯物、洗濯機に入れといてください」
シャツを脱いだ上裸体のどこに目をやれば言いかわからずに視線を落とした。
「ああ、ありがとう」
極自然に応えた声が、足音が脱衣所に向かう。視界から消えたその体に安堵する。
ーーー歯形。
肩口の辺り。絶頂に食らいついた場所。夢中だったせいで覚えていなかった事実が、白日にさらされて身を焼く。肩胛骨に付けられた無数の爪痕。結腸を攻められる度にしがみついて爪を立てた場所。向かい合うと反り返った性器に擦れるナベル。冷たく無機質な金属が熱い楔との落差に性感と焦燥を与えて、地上で溺れる。
思い出して、体は熱くなる。
「一史」
呼ばれただけで、ふると躯が震えた。それだけで射精 てしまいそうだった。
ーーーこんなのは、知らない。
知らないし、自分ばかりがこんなに飢えて、晴人は昼の顔を保っている。
ーーーそんなのは、ズルい。
息が熱い。躯が熱い。
彼の存在だけで全身が性感帯になる。
なのに。
「一史、水族館、好きか」
その質問は何を意味しているのか。
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