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土産物を見ている間の一史はテンションが異常でインソムニア・ハイにでもなっているようだった。展示では細い糸が海底から生えているように見えていた穴子の縫いぐるみを股間に宛がい、小さな声で
「起 て、俺のチンアナゴ」
なんて一緒にいることが恥ずかしいようなアホなことを呟く。センター街の裏側に立ち並ぶラーメン屋の一軒で夜食をとれば、先刻までの緘黙ぶりが嘘のように捲し立てて話した。ピラルクやアロワナを始めとした古代魚の飼育方法、数多上げられるマンボウの死因は悉く虚実であること。注文したメニューが届いても止まないお喋りは、何かを恐れているようだった。
暖簾を潜って、満ち足りた腹をさする。鳩尾の下、やや左側辺りが見目でもわかるほどに膨れていた。まだ明るい センター街ではゲームセンターの騒音に満ちている。最終の映画を上映している映画館はもうチケット販売をおえて、閑散としていた。
今から帰路についたとしてアパートにつくのは日付を越えるか、越えないか。
敷きっぱなしの布団に倒れ込むだけであれば特に問題のない時間。
「そろそろ……」
次の店にでもいくのであろうスーツ姿の3人組とすれ違う瞬間に晴人は一史を振り返る。振り返って、口を開く。
「俺、ジュンクドウ行きたいです。」
晴人の声が聞こえなかったように一史はビル1棟すべてが書店という大規模な店を名指しして希望を言う。駅からは近いが、駐車場からは逆方向の店だ。
しかも、この時間なら、すでに閉店している。前職の頃によく世話になっていたが、一史も知らないはずはなかった。むしろ、今なら一史の方が詳しそうなものだが。
「ダメですか」
きゅっと、縋るように腕を取られる。眦の下がった扁桃型の目がじっと、まるで後生の願いであるかのように晴人を見た。
その目に視線が触れた瞬間、ふと、晴人は察した。
「……いや、」
恐れているのだ。
「構わねーよ」
怖れているのだ、あの部屋に、帰ることを。
そう思うと、くちくなった腹が心臓を圧迫するように苦しくなった。
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