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 一史が部屋に帰りたがらない理由なんて、考えればひとつしかない。  晴人との情事《セックス》を恐れている。  すでに2度体を重ねた。1度目は強引に同意もなく。2度目は確かに同意の上だったと思う。しかし、応えてもらえたように感じていただけで、実際は誘発された性衝動に流されて乗った挙げ句、それを後悔しているのだとしたら。  センター街の真ん中を駅方面へ向かいながら、ぞくりと背中が怖気る。  さっきの言葉は、精一杯の抵抗なんじゃないだろうか。  センター街を抜けると、車両の明かりが目立つ。既に暗い喫茶店とドラッグストアの前を通る。次第、歩道側は暗くなり、往来するタクシーには酔っ払いの客が目立った。    「やっぱり、開いてませんよね」  真っ暗に閉店したビルを見上げて一史は呟く。人通り失せた歩道で、肩が触れそうに並んでいる。  触れ合っていないのに間を漂う空気が、温度が温かくて、愛おしくて、擡げてしまう。モヨオシてしまう。  「22時、までだからな。」  判っていて、寄り道した。元来た道を引き返そうと、足を踏み出す。欲情した自分を見なかった降りして踵をかえす。  誘ってもらって、嬉しいですと、一史は言った。  俺がいることが、当たり前になっていると。  一史の中で晴人の存在は日常の一部なのだ。誘ってもらって嬉しい。一緒にいることが当たり前。それを壊したくない心理が、伝わってくる気がした。  あわよくば、と思わない筈がなかった。  こうして、横に並んでいるときだって、餓えている。  抱き寄せて、唇に食らいついて、その薄いシャツの上から乳首を爪で引っ掻く。それはすぐに芯から硬くなる。ビクビクと震えながら、ジンズに包まれた股間が膨らむ。足の間に自分の足を挟ませて腿で睾丸ごと性器を擂り潰す。顔を逸らして、胸を押し返してくる両腕を掴み、壁に押さえつけて、たっぷりと、快感に潤わされた顔を見詰める。  余すことなく、一史の身体総てを穴が開くほどに見詰めて羞恥させたい。  言葉にも態度にも出してはならない。だが頭の中の一史は晴人に言われるまま脚を開き躊躇いがちに自らの肉壺を開く。柔くヒクヒクと震えながらたらりと蜜があふれでる。  こんなことは絵空事だ。  排泄器官は女性器のように濡れることはない。  一史を自分のイイ様にしたい俺の願望だ。  「帰り、ますか」  問う口調。怯えたように感じてしまうのは後ろめたさからだ。帰る。帰ってなにもせずにただ眠る。明日は、いや、今日は1日休みだ。帰宅して、抱き締めて、髪を撫でて、嫌がるならもう、あんな乱暴はしないと誓って、そのまま粗末な布団で眠る。それすら嫌がるなら、俺は布団の外で寝たっていい。目が覚めたら近所のパン屋まで行って適当なパンを買って食べる。帰り道の公園で食うのもいい。  ただ、ふたりでいる休日を過ごす。  自分の欲望には蓋をして、気づかない振りをして。  ただ、一史が望む関係を与えたい。一史が、傍に居るなら、それでいい。  「帰ろう」  もう遅いから。  言葉に込められるだけの誠意を込める。頭の中で蕩ける淫靡な肉に触れる。振り払って一史の屈託ない笑顔を想像する。想像した端から、それは卑猥な妄想に転換される。  最低だな、  夜の暗さと街の明るさが欲情に拍車をかけて眩暈する。  餓えた狼のようだ。  自分ですら、誠実を尽くそうとしているのが、上部なのか、真意なのか判らない。  いや、真意は違う。真意はただシンプルに一史を自分のものにしたいのだ。だから、上辺の優しさで醜い本能を捩じ伏せようとする。  「俺、帰りたくないです。」  だから、一史がそう言ったとき、俺の思考がすべて駄々漏れていたのかと、疑ってしまった。

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