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 目の前に石の積まれた古代神殿みたいな建物。  「本気か」  「本気じゃ、悪いんですか」  ぎゅっと手を握ったままでバリ島を思わせるそのホテルに対峙する。  何をこの人は怯えているのか。泣いてしまうほどに、俺のことが好きなはずなのに。少し離れているだけであんなに弱ってしまうくせに。  今さら。  「俺は今夜、あなたとセックスがしたいんだ。あなただって、俺に欲情するんだから、いいでしょう?」  今さら品行方正に振る舞ったって、ハードボイルド決めたって、晴人の胸の内は見えている。今だってきっと、彼の頭の中の俺は裸に剥かれてその細く締まった腰に脚を絡ませている。腹の上に汗やら、精液やら小用やらそのどちらでもないモノを撒き散らしながら腰を振って喘いでる。  それを今から実践しようってだけだ。  躊躇う腕を引っ張ってゲートをくぐった。自販機みたいな画面で部屋を選ぶ。金曜の25時は思っていたより部屋が埋まっている。多少値が張ってもそこそこ稼ぎのある独り身二人、払う金銭に躊躇いはない。  滑り落ちてきたルームキーを手に取り、アメニティにバスローションを選ぶ。いつも毅然としている晴人が周章狼狽して目のやり場に困っていた。  エレベータを利用する客もない。鉢合わせないようにできていると聞くが、どこまで本当かは知らない。  鉢合わせたっていい。  少し顎を引いてエレベータを睨む。  するり扉が開いて空箱がふたりを招く。躯を滑り込ませ、背の高い晴人の首筋を両腕で引き寄せる。  「ン、」  抵抗もなく唇が重なり、胸に安堵が灯る。  チンコの付け根当たりに、晴人の勃起してるのが、当たる。舌を差し込んで歯の付け根を撫でる。舌先でチロチロと誘う。  口中で、舌打ちが弾けた。  一瞬、胸のうちで黒いものが浮かんだ。だがそれは掻き抱かれる腕の強さに捩じ伏せられた。舌が舌を押しやって口蓋の硬い蛇腹状の部分を削る。  「ン、ふ」  痒いようなこそばゆいような性感に息が漏れる。エレベータの小さな四角は男ふたりには狭すぎる。だが、躯を密着させる理由には都合がいい。  「ぁ、ン」  晴人の丸い指先がシャツの上から右の乳首を引っ掻く。あれ以来、右の乳首がやたらと敏感な気がするのは晴人が左利きだからだろうか。  「ぅ、は」  エレベータの昇降が止まる。唇が離れる。唾液が舌を繋ぐ。繋いで、垂れる。  「……煽りやがって」  毒づくように吐き出して今度は痛いくらいの力で手を引かれる。エレベータを出てすぐ、このフロアに部屋は2つしかない。近い方の扉に押し込まれる。大して広くない三和土に靴を脱ぎ捨てる。  「っア、」  後ろからいきなり股間を握られて声が上がった。晴人の広い掌でぐにぐにと握られると、必然、そこは血液を集めて膨らんだ。  「ぅあ、」  息が熱い。背中を熱い胸に覆われている。こんなにも直球で性急な行為に走られると、誘っておきながら怖くなる。晴人の手が、壁を這い、照明を点す。自分勝手でカマトトぶった自分が眼前の姿見に映る。  「う、わあ、」  ホテルの照明は決して明るくない。橙色が強く、肌が一層上気して見える。フロントボタンを弾き、ファスナを下げる。  黒い下着ははっきりと欲情を呈していてその頂きに晴人の指が触れる。  「うぁ、うわ、待って、」  「手前ぇで誘っておいて待ては無しだろ。」  歯を食い縛った獰猛な光を伴っていた。  首筋が熱い。吐息に擽られて腰が怠くなる。晴人の指が下着のゴムにかかる。  「う、わ、あ」  ずり下ろされる下着に亀頭が引っ掛かって勃起した性器が撓んだ。

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