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 なんで、こんなことになってしまったのか。  片手に腸内洗浄の器具を持ったまま一史は背後からの視線に耐えている。夜気は、季節柄もあってか湯に浸かっていれば寒くない程度だ。  「あの、先出てベッドで待っててくださっても結構ですよ」  「いや、気にするな」  小さく振り返ると、晴人はこちらに背を向け桧を模した湯船の縁に凭れた。息を吐き濡れたタオルで目元を被い、見ていないような振りをする。排水口の銀の蓋が無意味に光って見えて汚すのをためらう。  ってか、気にするなって方が無理でしょう。  空のシリンダーにしゅこしゅこと空気を入れたり、抜いたりして決心のつかないのをごまかす。  「……別に、しなくてもいいぞ」  湯に浸かった晴人の声はさっきの興奮が嘘だったように柔らかい。湯の温度に蕩かされて気分まで柔らかくなってしまったようだった。  その言葉の意図するところを捉えられなくて鏡越しに晴人を見た。相変わらず目にタオルを乗せ縁を枕にしたまま天を仰いでいる。  アナニーですらこの行為を欠いた場合、その事後は目を覆いたくなる。ちなみに、今まで2回行われたセックスは性急にすぎて、一史にはなんの用意もなかった。  晴人は気を利かせてなのかあるいは気に留めていないのか一史になにかいってくることもないが、多分、それは、その、事後は。  想像を絶する。  というよりは想像したくない。 一度目はギリギリ、ペットシートの上だった。しかし、2度目の際にはシーツが取り払われ、新しいシーツに変えられていた。  ーーー冷静になると、恐ろしいものだ。  そして、冷静になってしまうと、今までの自分の行動を省みて恥ずかしくなる。朝から準備してくるには時間が長すぎる。職場でするのも社会人としての常識が許さない。水族館のトイレで済ませるには気が引けたし、それ以上に心理状態にそんな余裕がなかった。  そうしたら、この場でしか、ないじゃないか。  シリンダの先端を湯を張った桶に突っ込む。徐々に内部は湯に満たされていく。  「……大変なら、イレなくても良いぞ」  そんな、柔い言葉が湯気と一緒に耳に染みた。カッと、風呂のせいではない熱さが頭に上った。シリンダを風呂桶に放置した音が響く。勢いで立ち上がり、揺れる性器も気にせずに真っ直ぐ湯船に向かう。  「う、わ」  飛び込んだ飛沫に晴人は体を起こす。タオルがローションバスに落ちてぺちゃと鳴った。粘度の高い湯が体に絡み付く。  「お前、」  もろ顔面に湯を被った晴人の文句を唇で飲み込む。体に跨がり、浮力に少し持ち上がった性器を睾丸で押さえつける。睾丸の付け根と後腔の間で、晴人の先端から棹を撫でる。  「んぅ、」  晴人が呻く。股の間で簡単に一物は膨らみ、ローションに滑って一史の性器の裏から顔を出した。  ーーーすぐ、勃起するくせに。  我慢なんて出来ないくせに。  薄い粘膜に擦らせて誘惑する。  口の中、唾液の音がする。揺さぶる腰に、ローションが跳ねて音がする。混ざりあってもう、どっちでもよくなる。  「晴人さんの、すげぇ勃起(タッ)てる」  「だから、お前、そう言う誘いかたを……っ」  きゅっと股を閉じる。股の間から晴人のが反り返ってる。それは間が抜けていて、未知のキノコが2本並んで水中で天を仰いでいるみたいだった。  何でか鼻の奥がツンとした。  「イレなくても良いんですか?」  たぽ、と音が弾ける。腰をずらす。まだ馴らしていないそこは縁を膨らませている。ひくつきしながら、晴人の先端に口づける。  「……構わない」  唸るような声。言葉とは裏腹に俺の腰を掴む手は、肌に爪を食い込ませる。  そんなに簡単に捨てられる執着じゃない癖に。  「っ、あ。」  腰を下ろす。自慰とローションに綻んだそこは、先端の形に従って開いてく。従順に、ひくつきながら。  「っ……」  腰を掴む手が震えてる。乱暴に押し込みたい衝動に耐えている。  やっぱり、キツい。  充分に解していないのだから当たり前だ。元来、ソコは男を受け入れるようには出来ていない。  カリ環の一番、傘の張った辺りで腰が進めなくなる。息がうまくできなくなる。  何をこんなに、急いてしまっているのか。  判っていて、判らない振り。  「……お前がしたいなら、するし、したくないなら、しない……っ」  目の前から聞こえた声に、抱え込んだ頭を、目をみやった。  先端だけ含ませたまま、脈打つ衝動に唇を噛んでいる。目が、艶やかに輝いていた。湛えた涙が目頭でとどまっている。情けない顔で、今にも涎を垂らしそうな顔で歯噛みして堪えている。目の前に生肉吊るされた肉食獣が無理矢理、待てを命じられているような。  この人は、何を思ってこんなに欲求を押さえているのか。  好きな相手から積極的に求められて、嫌な気持ちになるのだろうか。それとも、好かれていると感じたのは気のせいで、本当はただあのとき、一時的に突っ込むアナがほしかっただけなのだろうか?  俺の不在に、泣いてしまうほどなのに?  「俺は、」  セックスがしたい。  近くにいたい。  傍にいたい。  正直、晴人となら、セックスはなくても良い。そりゃ、あったらあったで気持ちいい。  でも、今夜は?  腰を浮かせると安易にそれが抜けた。  「すみません」  目の前に立ち上がった裸体を晴人が見上げる。  「先、上がっててください。」  湯槽から出て、先刻まで座っていた風呂椅子に座る。桶に張った湯が揺らめく。  水飛沫が聞こえた。背後を泰然と通りすぎる晴人の後ろ姿が、少し前屈みだった。

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