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 明滅していた脳が震えながら正常を取り戻したとき、一史は自分が射精していないことに気付く。  「俺、また……」  ドライオーガズムで達したことは初めてではない。  晴人に初めて犯されたときも同じ絶頂を味わった。射精を伴ったオーガズムとは違う絶頂を晴人に侵されて初めて知った。玩具で追い求めても届かなかった絶頂に、晴人は一史を追いやった。いとも容易く。  絶頂の余韻がまだ指先に残っている。もう一度その指を微かに動かせばまたあのオーガズムの波が訪れそうだった。  「っ、ア!」  惚けて弛緩した体を晴人が揺さぶる。絶頂の後に結腸を突き上げられると奥を抉られる痛みより、深く繋がる快楽が増した。  「ひ、ぅ、あぅ」  また目の前が白く濁り始める。足の震えが痙攣なのか、自ら腰を揺さぶっているのか判らない。鏡の中で肉が捲れ上がっている。赤い、赤い肉から晴人のが自分の中に挿入(ハイ)っている。  今、この瞬間は離れることはない。  繋がっている。  女々しい思考だ。実際、中に入っているが、厳密に体が溶け合ってひとつになっている訳じゃない。でも、たった今、この瞬間は、晴人を喪うことはない。  「あ、あ、あ、、」  また、大きな波に押し流される。さっきよりも目の前の明滅が激しい。晴人の肩に爪を立てる。汗で滑って傷が残る。  「んクっ……」  頤が突き上がる。絶頂に痙攣する。にゅぷにゅぷと肉がめり込み、締め付けられて一層膨らむ。  「っく、」  耳元の呻きが近い場所で聞こえた。それ以外の音は遠く、水の中の様なのに、晴人の声は明瞭だった。  ーーー傍に居るんだ。  その認識と腹の中で子種が飛沫(しぶ)くのは、多分、同時だった気がする。  晴人が果てた後で、無償に肌淋しくなった。  「ぅあ、」  そんな一史の心理を知ってか知らずか、晴人は一史の体をシーツに組敷いてまだ硬さを残す性器を抜いた。  射精された場所が奥過ぎて、精液が垂れてくることはなかった。だが、捲れ上がった肉を後ろから観察されるのは心許ない。  「おい、」  やや息の上がった、硬質な声。顔だけで振り返ると晴人の視線とかち合った。それが、躊躇うように逸らされる。逸らされて口ごもる。  「もう一度、したい」  いいか。  と、上目に問うてくる。その顔が、情けないやら、愛おしいやら、胸を熱くして止まない。  「どうぞ、」  そもそも俺、射精()けてませんし。  呟いてシーツに臥すとまた背後で躊躇う気配がした。  「どうしたんですか」  「いや、」  口ごもってはっきりしない言葉に、怠い体を裏返す。平然と会話しているが、一史も限界だった。そろそろ、ドライではない解放を、体は欲している。  「なんですか、」  見上げた晴人の体は相変わらず締まってしなやかだ。必要な場所に必要な筋肉が柔らかい鋼のようにまとわれている。  「いや……」  また、躊躇い、口を閉ざし、一史はその煮え切らない態度に苛立つよりも、その体に触れたかった。  「言いたいことが、あるんでしょう」  指先まで痺れている。この手で背中に触れ、胸を、どこが境か判らないほどに隙間なくくっつけてしまいたい。その熱に埋もれたい。  息を吸い、吐き出す音が聞こえた。そして、もう一度吸い込む。  「抱き締めたい」  躊躇いの果てに紡ぎ出された言葉の柔さが耳にこそばゆい。そして、何故そんなことに躊躇ったのか可笑しくなる。可笑しくなるし、面映ゆい。  「どうぞ、」  気恥ずかしさと可笑しさで顔をそらしたまま呟く。晴人はどうも、だか、おぉ、だか、判らない呻きを発して一史の体に覆い被さる。  熱に、包まれる。  首筋に、晴人の顔が埋まる。長い腕が背中に回る。胸だけじゃなく、腹まで隙間なくくっついて、性器が潰される。早鐘を打つ鼓動が、どちらのものか判らない。小範囲で息をする苦しさは水の中に似ているが、違う。  確かに、呼吸は、できる。  晴人の腕の中で、呼吸はできる。  どうしたらいいか判らない。でも、こんな風に包み込まれるのは安堵する。だから、正常位が好かれるのか、と妙な結論に至る。  居なくは、ならない。  今夜、晴人は傍に居る。  突然、居なくなりはしない。  昏い思い出は、昏いままで晴人の体温に馴染む。

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