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全部、知りたい。

 朝日が差し込むラブホというのは、正直初めてだ。  窓の向こうに露天のあるバルコニー。寝癖のついた頭を掻く。足元で安っぽいローブがくちゃくちゃになっている。  まだ意識は半覚醒で、やたら南国っぽい装飾と情交の匂いが混じった滅法甘い花の香に異国が見えた気がした。  ざぁざぁと水の跳ねる音。ガラス張りのシャワーブースを思い出して、次いで一史の裸体を思い出す。  ふわと、大きな欠伸が唇を割った。  大した特徴はない。普通の男の体。強いていえば筋肉がつきにくいらしく、厳つさとは縁遠い。痩せぎすでも、厚い肉があるでもない。  それを思い出したからといって、自分の欲情が揺さぶられることはなかった。自分と同じ機能を備えた、自分と同じ作りの体。  だというのに、目の前にすると着衣の有無に関係なく晴人を揺さぶってくる。性的にも、感情的にも。なんにも考えていない楽天的に見えるあの顔で、揺さぶる。容赦なく。  喉に蟠った塊が吐き出す息と一緒に込み上げる。  目の前にいて、遠くを見る、あの目を思い出していた。急いたような、留まりたがるような、昨日の言動を思い返していた。  「あ、おはようございます。」  必要以上に体が跳ねた。  振り返ると全裸体のまま、タオルさえ持たない一史が床を濡らしていた。  「滑るぞ」  心音が跳ね上がるのを押さえ付けて呟く。聞こえていたのかいないのか、一史は籐で編まれた椅子に座り、ルームサービスを開いた。  「朝ごはん、食べますか。出てから食べますか。」  別料金でプルメリアとか頼めるんですね。  カタログを見ながら唇に触れる指先。濡れた髪。花の香の中に一史の匂いが混じった気がする。今にもずり落ちてしまいそうなシーツを手繰り寄せ下腹部を覆った。  「プルメリアは、花だろう」  食事の話をしているのに妙なものだと顎を摩る。  「ああ、お風呂です。水面に浮かべるんです。」  一史の手が見えない水面を撫でる。その動きに合わせて、白く、花弁の外側が赤く、中心に向けて黄色を濃くした花が広がっていくのを想像した。男に花など、と思っていたし、思っているがその動きがやけに優美でたおやかにすら思えた。  「やりたいのか?」  「いえ、別に。体に張り付くし」  「それは嫌だな」  あっさりと肩を竦めた姿に昨夜の、妙な焦燥はない。込み上げる笑い。それに身を任せながら、腹の中で落胆する。  話す気はないらしい。  急速に自分の中で何かが萎れる。外的に萎れたものもあったが、内的に萎れたものの方が大きかった。  溺れる魚の気持ちを理解することは、生涯できないだろう。だが、今この時を同じ空間で過ごす人間の、心の端くらい共有したいと思う。  「出て、どこかで食わないか?」  シーツの中からローブを探しだし、腰に巻き付けてベッドを立つ。冷蔵庫から無料の飲料水を取り出してキャップを捻った。  時計はまだ午前7時を示している。この時間なら首都高も混んでいない。全裸のまま椅子に座った一史が、濡れた前髪の隙間から晴人を見ていた。  「なんだ」  「俺、腹の調子悪いんですよ」  「ラーメン、にんにく増にしたからじゃねーの」  「晴人さんが生中出し種付けしたからですよ」  「ぶっ」  ラーメンのトッピングか或いはカフェスタンドのカスタマイズ宜しく流暢に放たれた言葉に口に含みかけた水を噴出した。冷たいままの水が、裸の胸に垂れる。  「セックスしたあとなんだから、隠さなくてもいいと思いますよ」  「何が」  「体。」  「カラダ?」  嫌な予感に襲われながら、ペットボトルの口に唇をあてがい、傾ける。  「俺、晴人さんの体、好きなんですよ。」  ぶっ。  性懲りもなくまた噴き出して床が濡れる。  

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