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センター街にはもう映画館に並んでいる人がいて、人影は疎らだが24時間営業のファミレスやファストフード店には客の入りが感じられた。
昨夜の水族館が入ったビルを通りすぎるとき、朝食はどうするかと聞いたら価格帯がやや高めのファミレスを名指しされた。
「帰りは俺が運転するか?」
「ありがたいけど、遠慮します。」
高架下を潜り抜け、目的の車体を探す。一史はなれているのか、それとも特殊な能力でもあるのかするすると迷わずに自分の車を見つけるとキーロックを解除した。
「晴人さんの運転も信頼していませんが、俺、帰路を誰かに任せるのが苦手で」
何か含みをもった物言いに釈然としないものを感じながらも助手席に乗り込む。動画を流すものと思っていた車内で、一史はラジオをつけた。交通情報が下り方面の渋滞予測を告げる。
「着く頃まで渋滞には巻き込まれないかな。」
独り言ちて呟いた声に一般道を使うか提案したが、一史はその提案をすんなりと退けた。
「早く帰ってせっかくの休日を謳歌しましょう。」
外に出ていないと落ち着かない生き物の癖に。どうせ、部屋に戻って横になって、一眠りしたら夕方には起き出して仕事を始めたり、ふらりと出掛けたりするのだ。無意味に、晴人を伴って。
「……戦うようにできてるんでしょうね。」
ふおん、と軽い音を立ててエンジンがかかったとき、小声でささやくような音が聞こえた。
「え。」
「晴人さんです。」
真っ直ぐに正面を見据えたままで話を続ける。話の飛躍に着いていくことが出来ずに助手席から見える景色を眺めた。
戦う。
あまりそれを意識したことはない。確かに学生の頃から野球を続けてきた。進学のために部活動の特待を取り、アルバイトをし、就職してからは誰よりも面白い記事を書き、それを売るためなら誰とでも戦ってきた。それを戦いだというのなら、戦っていたのだろう。その一戦を乗り越える度に戦友と呼べる者が増えたような気がしていた。
しかし、それも、所詮は自分の思い過ごしでしかなかったようだが。
「マゾかサドかで言ったら晴人さんは確実にサディストじゃないですか。」
はっきりとそういわれて肯定していいものか否定していいものか判らない。マゾではない。サドかと言われるとそれもよくわからない。
ハンドルを握る一史に視線を送る。その項に歯形が見える。点状の痕は、明らかな出血の色をしていた。眼球だけで、目線をそらす。何も言えなくなって、ただ、聞いていた。
「多分、戦場の最中で生き甲斐を見いだせる人なんです。」
「俺は戦闘民族か」
「近いんじゃないですか?」
平然と答えてからからと笑う。高速道のETCを抜けがらがらの道を加速する。加速した車体に一史は喉をならして唾液を飲んだ。
「そういう生き物なんだろ」
ひとつ息を吐いて呟く。
人間が狩猟で生きてきたときから多分、そうなんだ。
「戦うことに愉悦を感じられなかったら、敵意を向けられるなんて恐ろしいことできないからな。」
生きるために他の生き物を狩っていた時代から遺伝子に刻まれているんだろう。生き残るための真剣勝負に興奮を感じられるように。
「男の性ってやつだろう。」
「そんなもんですかね。」
「仕事に関しては大概、お前もそうだからな。」
じゃなきゃやっぱりマゾヒストだ。
言いかけて噤んだ。噛みつかれて啼く、昨夜の一史を思い出していた。
最奥のさらに奥、ごりごりと硬い入り口を抉じ開ける度に絶頂しながら身悶えて、いや、とだめ、を繰り返しながら小用のように透明な液を迸らせる。そこを塞いで他方の手で乳首を捏ねるとあられもない声を上げながら腰を振る。
横目にみる運転席の姿が艶かしい線を描いているように感じてしまう。
痛い、激しいと悶えながら穏やかに抱くと全身で激しさを求めてくる。歯止めが効かなくなって噛みついて、押さえつける度に体が跳ね回った。
「……視姦するの、やめてください」
やや目元の赤い一史が、正面を向いたまま釘を刺す。そんなにあからさまだったかと、決まり悪くなって視線をそらした。
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