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 車を走らせることはなく、一史はまた、昨夜と同じように俺の手を引いて歩いた。  横に並ぶのではなく、引っ張って先導して歩く様がまるで、迷子になったくせに、虚勢を張る子供のようだった。  「……店、判らないわけじゃないだろうな」  「判りますよ、何年経ったって多分、忘れない。」  声はからりと笑うくせにこちらを見ようとはしない。心持ち自重を後ろに置いたままでゆったりと歩くうちに、小さな喫茶店が見えた。一史は少し歩調を緩める。絡んでいた指が解けるとその背中は何かに挑みながら怯えているように見えた。  「父親がね、連れてきてくれたんです。」  喫茶店の入り口を見据えたまま、扉も開けずに一史は呟いた。その扉を開くことに、躊躇っているのは見えていた。それが何故なのかは、判らなかった。判らなかったが、ただ、開けるべきなのだろうと思った。  こちらに背を向けた一史越しに、扉を押し開く。  どこか萎びた、レトロな空気がコーヒーの匂いを伴って鼻腔を満たした。一史の背中を押し込んで中に入る。外観にも増して内装は個人経営の、昔ながらの喫茶店だった。  「すみません、ふたりなんですけど」  「ああ、適当に座ってください。」  愛想のいい老主人が丸い禿頭で笑った。きょろきょろと店内を見回す一史を押して、窓際の席に座る。日が射して暖かく、海が見える席だった。  「しらす、今朝はいいのが入ったからね。」  それだけ呟いて主人はメニューを置き、場を辞した。  「なんか、小さい。」  「何が。」  メニューの中にしらす丼がある。正直、店の前に掲げられた看板を見て以来、一史の推すしらすトーストよりも気になっていた。  「全体的に、です。」  店の全体を見渡す一史はまるで、ワンダーランドに迷い込んだアリスのようだった。その落ち着かない顔を見て、メニューに目を戻した。  「お前がでかくなってるからだろ。」  当たり前のように呟くと、一史はじっと晴人を注視した。注視して、  「そう、ですね。」  小さく細い返事を返した。

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