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 人気のメニューなのか、しらすトーストの写真はメニューの割りと目立つ場所にある。コーヒーか紅茶のセットが可能で、晴人はコーヒーのセットを。一史は紅茶のセットを注文した。  メニューの後に出されたお冷やは少し汗をかいていて、触れるとからり、音がした。  唇にあてがうとひんやりとした触感と、鼻先に微か、レモンの苦味帯びた匂いがした。  頬杖をついた横顔が、こちらを見ていた。目線は、明るいウインドウの向こう。  「近いのか」  グラスをおいて、ひとつ、息を吐き出す。吐き出して、言葉を落とした。掌から、一史の顔が浮く。どこかぼんやりとした表情。伸びてきた前髪の隙間視点の合わない目がこちらを向いた。  「何が、ですか」  ここではないどこかを見て、漂っているような表情に晴人は息を飲む。このままどこかへ行ってしまうような。ふと、細かく霧散してしまいそうな不安に、思わずその手を握った。  「晴人さん?」  握った瞬間に、その線は太くなり、瞳は実像を結んではっきりと晴人をとらえる。  「いや、、実家だ。」  「実家ですか。」  「ここから、近いのか?」  問うと再び一史の目線はショウウインドウの向こうに投げられた。  「近くて、遠い、と思います。」  謎かけのように呟いて細い顎が手のひらに落ちる。 そしてまた横顔だけが、晴人を見ていた。  近いのか、遠いのか。  それとも単純に言いたくないだけなのか。考えたところで詮無いことのようでそれでいて考えることをやめられない。  知られたくないのか、知らせる必要がないと思っているのかいくら考えてもよい方向には帰結しない思考を無理矢理に引きちぎる。  店内の空気に、珈琲豆の香ばしい匂いが満ちた。サイフォンが水を吸い上げて音を鳴らす。  「不仲なのか」  口に出してしまってから、自分の顔を覆いたくなる。どう考えたって、聞かれたくない話題だからこそ、半端に誤魔化されたというのになぜ言及するようなことを言うのか。    「まぁ、不仲でも、何でもいいんだ」  そうじゃない。何でもいいとかそうではなくて、ただ、自分の知らない一史を知りたかった。それだけで、興味がないとか、そういう意味ではなくて。  焦れば焦るほどに何をいえばいいのかわからなくなる。うまく言えない感情と空回る舌に嫌気が射して実際に左手で顔を覆い、ウインドウの外に視線を投げた。ただ、穏やかな海が、街並みの狭間に見えていた。まだ、鳶が空を旋回している。観光客の弁当でも狙っているのかもしれない。  珈琲の匂いが、変わる。淹れたての匂い。トーストの少し焦げた匂いも。  「お待ちどおさま」  ふんわりと湯気を伴った磯の香。視覚的にはあまりインパクトがあるものではない。普通のトーストに、バター、釜揚げしらす、きざみのり。頭の中からすっかり消えていた空腹が込み上げてくる。  胃の蠕動に合わせて空気が音を立てる。それは向かいに座った一史も同じで、どちらともない、猫が喉を鳴らすような音に顔を見合わせた。  「ハラ、減ったな」  「そうですね。」  互いに少し笑って、トーストを手に取る。一口齧りついた口中に小麦の甘味としらすの塩分が広がった。  「旨いな、」  「はい。」  シンプルな味とシンプルな言葉だけ口の中を満たす。外の陽は高さを増して、細い道をボディボードを抱えた少年が歩いてく。  「……不仲とかって訳じゃ、ないです。」  その姿を視線で追いながら一史は呟く。  「ただ、多分、もう、会えないけれど。」   言い聞かせるような言葉でまた、トーストをかじる。その白い歯がやけに鮮明で何も言えなくなった。

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