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 そんなに変なことをいっているだろうか。  髪を撫でる掌が心地よかった。睡眠と覚醒の合間にいたからそう感じたのか、それとも晴人にされたら無条件に与えられるものなのかそれを知りたいだけだった。  「もう一度……」  「あ、いや、さっきのは気のせいだったんですよね。」  そうだ、さっき、あんなにも意固地になって否定した行為を“もう一度”なんて言ったら晴人は惑うに決まっている。惑うし、素直に撫でてはくれないだろう。  「頭、撫でてください。」  これもこれで晴人以外になら絶対に言おうとは思わない台詞だ。だが、晴人相手だと違和感も屈辱も沸かない。そもそも、尻の穴を自分から開いて種付けを請う等と言う屈辱だか恥辱だか、むしろ一周回ってアへっちゃうようなことまでしているのだから今更並大抵のことじゃ怯まない。  正面から見据えた晴人は矢張惑うような、何を言われているのか理解に困るような顔を少し傾いでいた。  「頭を、」  なんといえばいいだろう。撫でてもらって心地好かったからもう一度して欲しいのだが、晴人の中で一史の頭を撫でたことはなかったことにしたい事象のようだ。そう考えると何故か心臓の上辺りがチクリとした。  「?」  「どうした?」  「いえ。」  未明の痛みに首を傾げながらどうすれば頭を撫でてもらえるか考える。考えて、結局。  「撫でて欲しいんです。」  素直に言葉にするとそれは急に腹の底から頭の、毛先まで。足の爪の先にまで熱を伝播した。尻の穴を自分から開くより気恥ずかしいものが込み上げて、頬が熱い。熱いと言う言葉すら生温くて頭頂部から火を吹きそうだ。  「うづっ!」  熱くなった額をしなやかな指が弾き、上半身がよろめいた。  「お前が言って照れるなっ!」  デコピン食らわした指が開いて、掌が頭を包む。髪が撓む。こそばゆいのが目の前でチラチラと動く。  「前髪、切れよ」  今日、休みなら行ってこい。  声を残して、体温が去っていく。  そのまま立ち上がり、背を向けた晴人の耳が赤くみえる。距離があるので確かではないが、多分見間違いではないだろう。その背に玄関先までついていく。  「なんだ。」  「いえ。」  何か用事があったわけではない。ただ、無意識にその背を追っていただけだった。  「帰りは夕方だから、」  「飯、作っときますか。」  「あ、そうしてくれるとありがたい。」  少し傷んできたスニーカの踵を直しながら他愛もない会話。  「5時か、6時くらいかな。」  土間に降りた晴人は大体、一史と同じ高さに目線がある。  目があった瞬間に、妙な空気が流れた。妙、といっても嫌な空気ではない。晴人と一史の周りだけ、俄に1、2度体感温度が上がったような、そんな空気だ。自分には髪を切れと言ったくせに晴人の襟足もやや伸びて、首筋を擽っている。それに触れると思ったより柔らかな手触りで指先を、するり、抜けていく。  「……こそばったいんだが。」  「気持ちよくないですか?」  晴人は小首を傾ぐ。少し唇を尖らせる。口の端に白い、歯磨き粉がついている。それが、近付く。唇が割れる。赤い口腔と白い歯列。艶かしい生き物みたいな舌が間近に見える。  「ん。」  がぶ、と。  唇に被さってきたものは熱かった。歯磨き粉の匂い。片腕が背中に回されて引き寄せられる。両腕でないのは無精かと思ったが晴人の左手には鞄がぶら下がっていた。舌がべろりと口の中を撫でる。それだけで唾液腺が刺激されて口の中が濡れる。締め付けられて苦しい腕の中で腹の奥がきゅぅぅぅと切なくなる。舌が絡む。息が熱くなる。朝からはしたない情欲に駆られる。

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