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 ひとしきり卑猥なキスをしたあとで、お互いの舌が最後まで絡まっていた。それが解けると足に入っていた力まで抜けて膝が折れる。  「朝から、誘ってくんな。」  大きく吐き出された息は溜め息か、不足した酸素のためか。  誘ってきたのはそっちだ。  無防備に歯磨き粉なんか口の端につけてじっとこちらを見てきたじゃないか。こちらもかれこれ20年以上男やってんだ、隙なんか見つけたら漬け込みたくなるに決まっている。  黒い髪をわしわしとかき混ぜて視線が逸れる。  そうか、その髪に先に触れたのはこちらだった。髪を撫でてほしいといったのも一史からだ。  「……すみません。」  「いや、」  でも、はじめに髪に触れたのは、頭を撫でたのは晴人の方だ。  それに思い至ったとき、晴人の視線は気まずそうに逸らされていて、晴人自身もそれに気づいていることが伝わってきた。  「俺だ。俺が勝手に盛った。すまん。」  はっきりとそう言って深く息を吐き出す。  「謝ることでもないでしょう。」  「なっ、」  お前が先に謝ったのだろうと目線が訴えてくる。一史は晴人が「朝から誘ってくるな」と言ったから謝ったのだ。一史は「盛るな」とは、言ってない。そんなこと言うわけもない。晴人に触られれば、不思議と安堵する。  「俺、晴人さんとセックスするの、好きだし」  目の前で晴人の髪が逆立つ。目が見開かれる。直球にすぎたと思いながら事実だし、問題ないとも思う。そう言えば、あの玩具はゴミ箱の上に放置したままで、どこにやってしまっただろう。晴人のセックスで満たされるようになってから出番を失ったままだ。  「行ってくる。」  「いってらっしゃい。」  どこかぎこちない晴人に胸の高さで気だるく手を振る。閉じた扉に背を向けて伸びをした。  もう少し微睡みの中を揺蕩うには丁度良い時間だった。

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