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瞼を開いたとき一史の指は空だった。
夢だと言うことはわかっていたから、それに対する某かは特になかった。半身起こしたところで玄関から音がした。
何か音を聴いた気がして目を開いたのだが、どうやらそれは戸を叩く音だったらしい。
「忘れもん、すか、」
眼間に鱗の銀がチラチラしている。まだ微睡みの中に脳が浸っていた。
また、ノックが響く。
「はい。」
寝癖のついた頭のままで扉を開く。
開いた扉の前に、晴人はいない。
「周防、いる?」
代わりに立っていたのは幼児を抱えた黒いジャージに鮮やかな金髪の若者だった。
その髪が、きらきらと光る。魚の鱗とは違うのに、陽の受け方は同じようだった。相対して細い身に纏ったジャージは真っ黒でサイズがあっていない。
「周防」
呆けて呟くと、いつもの寝巻きスタイルでいる一史を相手は上から、下にそして、下から、上にと品定めするように視線が這った。胸の辺りで、視線が止まる。
「服、着てないんですけど」
「その状態で出てくんのがおかしーんじゃねーの?」
乱暴な物言いだ。第一、一史自身は晴人が戻ってきたと思ったから出たのだ。客人を招こうなどと思ってはいない。配達くらいならこの格好でも平気で出るし、宗教やら煩わしい勧誘なら、この格好の方が断るにつけ好都合だ。
しかし、実際には金髪と幼児。
少しくらい恥じらって引き取ってくれたらいいのにと思いながら相手の質問に答えていないことに気がついて小さく息を吐いた。
「周防さんなら、いません。」
扉のノブに手を掛けたまま勢いをつけてそのノブを引いた。ガツンと音がして、スニーカがその扉がしまるのを阻んだ。
「いてぇんだけど。」
「わざとじゃないし、そっちが足を挟んだんでしょ」
面倒くさい子どもが来たと漸く覚醒した頭が認識したとき、滲み出た苛立ちを察したらしい幼児が黒いジャージの腕でむずがった。よく見れば黒いジャージの腰に抱っこひもがぶら下がっている。
「周防が居ないって何?どこ行ったの」
「さあ、仕事じゃないんですか」
さらに被せて仕事が何か聞かれたら、知らないと答えよう。知らないのは事実なのだから嘘をいっているわけではない。
「ちっ、行き違いかよ」
そう決めていたのに、相手はあたかも晴人の仕事先を知っているかのような反応をして、一史は虚を突かれた思いがした。
「ねぇ、アンタ、周防の何?」
敵意むき出しの目で睨まれて答えに窮した。なんと答えればいいか判らない心が、見るからに年下の子どもに翻弄されている。
「まあ、いいや。」
腕に抱えた柔い生き物が一史に押し付けられる。反射的に腕で抱え込んだとき、ゆっくりとその暖かい命の塊が、一史の腕にのし掛かった。
「周防に“責任とれ”って言っといて。」
言葉の割には慎重に押し付けられた幼児は、幼児というよりは乳児に近かった。
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