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自転車も無理だし、車も無理。乳児を抱えて外出すると言うのは大変なものだと実感する。主婦層向けの週刊誌の編集に移動した同期が「どう足掻いても女に負担が行くんだよな」と急にフェミニストぶったのを思い出した。
「バス、かな。」
晴人に指定された場所は車なら30分程度。バスと電車を乗り継いでも40分程度の中学校だ。なぜそんなところに自分が呼び出されなくてはならないのかと思ったところで、記憶の中の黒ジャージが大写しになる。抱っこひもと黒ジャージ、金髪に気圧されてはいたが、確かに年の頃で言えば14,5才なのではないか。
それにしても、中学校。
コンビニ袋に哺乳瓶とスティックの粉ミルク。それに何枚かのオムツとおしり拭きを適当に突っ込んでベルトに通してぶら下げた。ちょうどいいバッグがないのだから仕方ない。赤ん坊の脇に手を差し入れて抱えあげる。人見知りしないのか、あるいは慣れたのか赤ん坊は両手をぱたぱたさせて声高に唸った。
「うー!」
「うー」
真似た一史に機嫌を良くしたのか足までばたつかせる。
「晴人さんのとこ着くまでは、ご機嫌でいてよ」
懇願する思いで外に出る。陽の高くなった日曜は流れる時間がゆったりしていた。いっそこのままゆったり歩いて散歩にでも出たいものだ。
と、そう思ったのもバスに乗るまでで。日曜の路面バスに赤ん坊は泣き出し、気まずくなって途中下車すると電車でも泣かれまいかとはらはらして神経がすり減った。幸い歩く震動で心地よくなったらしい赤ん坊はうつらうつらし、駅に着く頃には左肩にくったりと頬を預けてすっかり寝入っていた。
しかし、意識の無くなった体と言うのは小さな子どもと言えどなかなかの重さで、普段赤ん坊を抱きなれていない前腕と腰が悲鳴をあげた。
中学校の正門を見て安堵するなんて、そんな日がくること、あり得ないと思っていた。絶対に。
「つい、た」
まだ汗ばむような陽気でもないのに顔からは汗が吹き出し、胸に抱いた温かな塊のせいで素肌に着たシャツがじっとり湿っている。一史のシャツが濡れているのならば自ずと赤ん坊の着衣も湿っているだろう。
「着いたはいいけど、どこにいけばいいんだろうね」
うっすら汗をかいたまま、起きる気配のない寝顔に相談したところで答えなど返って来ない。学生の頃のように昇降口から入ったら明らかに不審者になる。しかし、晴人のいる場所も判らない。うろうろと昇降口の前やら正門の前やら歩き回ったところで校舎の裏側から人の声がするのが聞こえてきた。それから、軽快な金属音。掛け声、その中に、聞き覚えのある声が混じっている。
「校庭。」
中学校は小学校とは異なり、土日でも部活があって活気がある。校舎の隙間を通り、グラウンドへ抜ける。茶色い砂地のなんの変哲も特徴もないグラウンドの隅で、女子中学生が野球をやっていた。
バッターボックスから打ち出される球に反応して全員が一斉に動く。ボールが右に打たれれば全員が右に動く。すると、自然すべての塁に誰かしらが着く。野球と言う競技は不思議なものなんだなとぼんやり思う。ぼんやりしたままの頭で、やっぱり、かっこいいんだよなと再認識して視線を縫い止められる。
バッターボックスの中でバットを担いだまま、指示を飛ばす人物。
何でここにいるんだろうとか、何で女子中学生に向かってボール打ってんだろうとか、アンダーシャツの上にTシャツ着ちゃうと体のラインが見えなくて惜しいな、とか。
そんなことを考えてぼんやりしてしまう。
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