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野良猫じみた息遣いでこちらを睨み付けてくる。その目を見ながら、言葉を探すこと数瞬。
「飯、食わせてやる」
突拍子もない言葉が出た。問い詰めるでも宥めるでも、すかすでもない訳の判らない、言葉。
「は?」
鼻梁にまで皺を寄せてマサキは訝しむ。それもそうだ。言葉を放った自分ですら訳が判らないのだ。マサキにはいっそう判るはずもない。
「俺、トマトとベーコンのスパゲティーが食いたいです。」
場に不似合いなほどのんびりとした声だ。また、あの一定のリズムで、一史はマナトの臀部を叩いている。養護教諭に椅子を勧められて腰を下ろし、一史はふうと、息を吐く。
「お茶とか、貰えますか?」
赤ん坊をもたせかけたままで保健室の椅子に座る一史はやや猫背ぎみで、大切なものを守る子どものように見えた。
養護教諭は冷蔵庫から冷えたペットボトルのお茶を出し、紙コップに注ぐ。
「何時に終わるんですか?」
「12時前には終わらせる。」
「じゃあ、材料、買って帰ってます。多分、丁度いいくらいの時間だと思うので。」
紙コップに口をつけながら淡々と話を進める。どうやら、昼食のメニューは一史の一存により、決定したらしい。
空になった紙コップを養護教諭に渡し、礼を述べる。述べた後で空いたベッドに寄り、マナトを横たえる。横たえてベッドサイドの丸椅子から黒いガチャガチャした何かを手に取ると腰に回した。
「……行かねーよ」
晴人の手を振り払いマサキが呟く。呟いて一史の方に向かい、マナトに手を伸ばしかけたが、それより早く一史は赤ん坊を抱え直して黒い謎のベルトに包み込んだ。
「じゃあ、マナトくんは俺が預かるよ」
首裏に腕を回して一史はカチリとプラスティックのバックルを嵌めた。
「そもそも、見知らぬ男に赤ん坊押し付けるようなヤツ、信用できないし」
全く、同い年の子どもに話すような言葉遣いで、一史は唇を尖らせる。むいと突き出した唇はアヒルのようで、指でつまんでやりたくなる。ふてぶてしい態度の仕上げみたいに高く赤ん坊の尻を叩いて背筋をただす。
「幸い、おむつも粉ミルクも哺乳瓶もお尻拭きもうちには揃ったからね。」
対峙したマサキを見下ろした一史に、マサキまでむいっと下唇を突き出す。
「誘拐じゃねーか」
「外聞の悪い言い方しないでよ、押し付けたのは君じゃないか。」
「だから!引き取るって!」
「勝手に押し付けておいて何言ってんの?人形やオモチャじゃないんだからさ、ちゃんと責任持ちなよ。どうせ、俺の手から離れたら今度は晴人さんか、保健の先生に押し付けんじゃないの?」
喚くマサキに対して、あくまでも一史は静かだ。それが乳児に配慮したものなのか、単純に挑発なのかは晴人にも判らない。
「ああ、でも、俺も取材やらなんやらで家を空けることが多いからね。そうなったら仕事辞めるか、然るべき場所にマナトを預けなきゃならないな。仕事辞めたら食いぶちがないし、仕方ないよね。」
「ふざけんな!」
悲鳴にもにた怒号に一史に抱かれたマナトがびくりと体を震わせた。当然のように泣き出した赤ん坊を一史は体を揺さぶってあやす。
「……慣れるわけないでしょう。」
囁くように投げられた声は赤ん坊の鳴き声に掻き消される。
「は?」
「嫌なら一緒に来なよ」
次第に小さくなる声に、一史はマサキの腕をとる。
「働かざる者、食うべからずだから。」
口ごもったままのマサキを強引に引き摺り、二人は保健室を後にする。中学生の喧嘩みたいな喧騒が消え、廊下で聞こえていた泣き声も次第に萎んだ。
「よかったのかしら」
養護教諭の言葉に晴人は小さく肩を竦める。良かったか悪かったかは判らない。ただ、対外的に『マズい』ことは確かだろう。今の時勢特定の生徒を特別視していると思われるような行動は本来慎むべきだ。だが、しかし。
「緊急性があった、と言うことで。」
取り敢えずそれで治めて部活を終わらせなくてはいけない。
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