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 よかったのかしら。  そう問われたところで、正解なんて見当たらない。ただ、マサキとは少なからずの縁があり、一史は何故か赤ん坊を預けられるという当事者になってしまった。そして、なにが発火点か判らない一史の怒りに触れ、ガキの喧嘩のようなやり取りに誘拐犯めいた脅迫(しかも要求は一緒に飯を食うこと、だ。)が加わって今日の部活動は守備練習だけで終わってしまった。  『ありがとうございました!!さようならー!!』  運動部らしい爽やかな集団挨拶を聞いて気を付けて帰れよと声をかける。てんでバラバラに「さようならー」やら「はーい」やら、中学生らしい姦しさが一団となって通りすぎる。  ただ、目の前の子どもたちのような自由を、マサキにも与えたかっただけなのだ。  そう考えると、喉を突いて溜め息が零れた。  恐らく、それこそがことの発端なのだろう。フェンス越し、いつも同じジャージで赤ん坊を抱えたままグラウンドを伺う痩身は、憎しみとも哀しみとも、諦観とも言える眼差しでこちらを見ていた。それは、普段学級担任やら、生徒指導から鼻摘みものにされている『問題児』とはおおよそかけ離れて見えた。だから声を掛けたのだ。学級も、学年も違う、だが縁があるはずの生徒に。最初は声を掛けただけで野良猫のように背を向けていたマサキは日につれ、声を掛けるにつれフェンスとの距離を短くしていった。学校には来ない。だが、朝、放課後になると、フェンスの側で金髪が練習を伺っている。それは、誰にもなつかなかった野良猫を懐かせたようなそんな優越感を抱かせた。  そんなことじゃいけないのだろう。仮にも『全体の奉仕者』やら、『公僕』やらと言われる身分で、使命感ではなく、優越等感じている時点で自分は教師など向いていないのだ。 端から判っている。  「自分が蒔いた種だな」  さして深く気に留めるでもなく呟き、車のキーを開ける。運転席に乗り込むとまだ笑顔でダベっている部員の幾人かが正門に向かって歩いていた。その中に髪を黒く染め直したマサキがいるような気がして、いるはずもないことに再び息を吐いた。

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