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 右足だけではない。肌の変色は無数にあり、火傷と思しき痕もそこここに見られる。晴人は立ち上がり、冷えてしまったスパゲティの皿を手に取る。  「話すのは構わない。ただ、飯を食ってからにしろ。それとお前は取り敢えず座れ。」  既にそれを確認した晴人はその傷に目もくれず台所に向かっていった。  素直にもとの場所に座したマサキは濡れ髪が垂れて、白い頬にかかっていた。柔和に弛んだ瞳は反抗を忘れて伏していた。伸びた前髪を風のなぶるに任せて窓の外を眺めている。漸く合わせられるようになった視線は、挑むよりも酷く、逸らされ続けている。  換気せんの回る音、晴人の煙草のにおい。  「うちら、どこ行きゃいーんだろ。」  マサキの声は落ち着いて、他人事めいている。問うでもなく、自分からどこかへ進もうとするでもない、流れに任せる声。  「一時預かりだろうね」  「一時預かり?」  声だけは興味を示すものの、相変わらず目線は遠いままで一史を見ることはない。  「児童相談所の施設。同じような境遇の18歳未満が一時的に保護される施設。」  「ふーん」  一瞬だけ、ほんの一瞬だけこちらを見たマサキはまた遠くへ目線を飛ばす。  「離れずに、いれるかな」  「ん?」  「マナトと」  名前に反応したようにぴくとマナトの手が動く。口の端から涎が垂れていた。マサキはそっと側に寄り、それをティッシュで拭う。小さな眉間に皺が寄り唇が尖る。  「あいつら、サイテーだからさ」  マサキは愛おしむ目でマナトを眺めた。それは姉弟というよりはまるで母親のようだった。  「いっそ、あいつらの暴力とかで死んでやろーかと思ってたんだ。そーしたら、サツジンザイ?ボウコウチシ?とかであいつら逮捕されんじゃん」  それは短絡で、乱暴で、自暴で、そして弱冠14,5歳で行き着くには哀しい考え方だった。  「でも、そうしたらマナトは?巧くあいつらが逮捕されりゃいいけど、山中とかに埋められちゃって発見されなかったら次はマナトが同じ目に合うかもしれない。」  微かに震える手が、マナトの涎をぬぐったティッシュを握り締める。握りしめたままで正座した腿に収められている。  「そう考えたらうっかり死ねねーなって。マナトはアタシが守んなきゃって」  思ったんだよね。  再びマサキが視線を投げた窓の外は夕焼けが近付いていた。

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