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 少し麺の柔らかくなったうどんを口に入れると、出汁の染みたのが滲んできた。仄かに生姜の効いた味だった。  とろみをつけたスープは冷めるのを防いで、湯気が鼻に入り、鼻水が垂れてくる。それを啜ると、何でかまた涙腺が痛んだ。箸を開いてとれるだけの麺を掴む。そのまま咥え込んで啜る。思いがけず熱かったのが口蓋を焼いてじくじくする。慌てて咀嚼して、飲み込んだとき、熱いのが喉に移動して涙が出た。  「熱い……」  「とろみがついてるからな」  片手でうどんをすすりながら差し出されたガラスコップに口を付ける。冷たい水が喉を癒した。滲んだ涙が、ほろりと落ちた。すん、と鼻を鳴らした拍子に鼻水まで垂れてきた。  「ん。」  「あ。」  こちらを見ることもなく、晴人はボックスティッシュを差し出してくる。ぶっきらぼうだが人の感情の機微に敏いのが晴人と言う人間だ。  他人のことなど気にもしないような顔でいて必要以上の過干渉ではなく、それと気づかれないやり方で人を気遣う。男らしくて、荒々しくて、その半面でそういった優しさを持っている。  すすすん、と鼻をすすり、もう一度ティッシュで鼻をかむ。二度目の時には鼻をかむふりをしてそっと潤んだ目を拭った。  やっぱり、好きなのだ。  揺るがしようのない事実がまた胸をつかえさせる。  「すみませんでした」  慎重に吐き出したはずなのに声が少し震えた。唾液を飲んで息を整える。  「なにが」  「告白、してくれたのに。」  「は、あ?!」  晴人が顔をあげてこちらを凝視する。目もうどんが入ったままの口も大きく開かれていた。つい、一史の方も一史の方でじっと晴人を見つめた。丸く見開かれた目の中に自分の影が映っていた。  言葉を選び間違えた。そう気付いてバツが悪くなって唇を結んでもう1度開こうとしたとき、晴人の口の方が先に閉じて、開いた。  「なんだ。俺はフラれたのか?」  虚を突かれた物言いに、もう一度口を閉じて息を飲んだ。  「それは、」  ないです。  言いかけた言葉が空中分解して腹の中に墜ちて行った。  フッたとかフラれたとかじゃない。  落とした目線の先、うどん汁に自分が写る。口に咥えた箸が行儀悪い。  「好きです。」  それは、間違いない。  最初は憧れだった。こんな男になりたいと思った。仕事に厳しく、叱られることも多かった。だが、その何倍も教えられ、導かれ可愛がられた。知る由もない、兄と言う存在があったなら、それは、晴人のようなものだろうかと無意識に想うほどに。だから、その背中を失ったとき、追いかけたのだ。追いかけて、見つけて弱りきった姿を見て、  安堵した。  これなら、遠くへはいけないと。もう、置いていかれることはないと。そして、あの夜。  本当は怯えながら、何故と問いながら、離れるなと命じられたことに拠り所を見いだしていたのかもしれない。あれだけの仕打ちを受け、脅されたから傍に居るのだと、大義を得た気持ちがあったのかもしれない。或いは、あれだけの仕打ちを受けたのだから、傍にいることくらい許してほしいと思っていたのかも知れない。  息を吸って吐き出して俯けた顔のままでうどんを見ていた。  「好きだけど、ダメなんです。」  「何が?」  「お互い向き合ったら、背を向けるとき、辛いでしょう?」  ポツリと呟いた拍子に、うどん汁にぽたりと滴が落ちた。顔を上げないでティッシュを取る。自分の女々しさに辟易する。  「背を向ける」  「お互いが、足枷になったとき」  「足枷」  語彙の少ない子どものように、晴人は繰り返す。繰り返して、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。  「俺は。」  薄い唇が躊躇って閉じられるのを上目に見た。晴人はわざと視線をはずし、箸をおいた。  「お前を抱き締めて離したくないし、足枷でもなんでもつけて、ここに縛り付けておきたい」  神妙な顔で至極真面目にはっきりと唇が語る。

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