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酷いこと、して

 まだ、呆けたままの頭で薄い闇の中を漂っていた。最初に視界に映ったのは、日に焼けた肌で、小さな乳首が口元に触れそうだった。  両腕で薄い敷布団を押して体を起こすと、体に掛けられていた布団がすると落ちる。熱を持ったように肌のあちらこちらがじんじんと疼いた。目視で判るだけでも、暴行の後のようにあちこちが赤い。前々日にも激しく交わった筈なのに、昨夜はそれ以上だった。  緩い拘束で縛られ、下から突き上げられ、もうこれ以上は無理だと思ったところに、これ以上を与えてくる。気がふれる、と思うたびに、自分の思いを言葉にすることを強要され、言えないと思っていた言葉まで吐かされた。そのたびに自分の言葉で一瞬正気に戻り、晴人の様子を伺うと、今度は再び、正気を奪うために体を翻弄された。  「離さないで」と「置いていかないで」と「もっと抱き締めて」と。  ほかにどんな言葉を吐いただろう。  感じるままに声が出て、思考も奪われ、悶絶しながら喘いだ。喘ぎながら、何度も懇願して、自分から晴人のセックスを求めた。  晴人のセックスは必ず、痕跡を残す。そして、ふとした日常のさなかに自己を主張する。  忘れるな。と、疼きながら主張する。    それがある種の束縛なのかもしれない。  腿の付け根や、じくじくと痛む項に触れながら、思う。  ぼんやりと、その熱と、痛みが、消えないことを祈る。  「起きてたのか?」  ゆっくり瞬いて、晴人の顔を見た。片目を閉じたままぼんやりとこちらを見ている。  「いえ、今、起きてしまって」  「そうか」  その腕が、一史の項に伸びる。引き寄せられるままに、その唇に唇を重ねる。  軽く触れるだけのキスなのに、唇がじんと痛むのは、表皮が擦れて腫れているからかもしれない。散々キスをした。フェラはしてない。されたけど。されたし、何度も、イカされたけど。完全に受身のセックスで、訳が判らなくなった。  未だに意識は蒙昧していて、記憶の整理がつかなかった。  再び、晴人の胸に抱かれて、心音に耳を澄ませた。生きた音だった。  「本当に、」  「ん?」  問いかけて途絶えた声に答えた声はまだ微睡みの中にいる。  「いえ、」  素面では聞けない臆病者が、腹の中に巣食っている。  晴人が瞼を閉じる。両の瞼を閉じて、唇が開く。  「本当に、離してやらないぞ」  その声は耳の中で小さな石のように転がる。  肩を抱く掌の力が強まって肌に食い込む。そこには赤い、歯型があって、じゅくじゅくと痛んだ。  「お前は俺が好きだといった。なら、俺がお前を離してやる道理はない。」  どういう理屈なのかと思ううちに、晴人は体勢を変え、まるで胎児のように、一史の胸に縋って丸くなった。  「お前が何を抱えているかは、知らない。知らないが、俺にとってお前はもういなくちゃならない存在で、お前がいなくなれば、俺はたぶん、上手く息すらできない。そういう依存の仕方を、俺にさせておいて、好きなくせに、離れていかれたくないからと、逃げに転じられては、困る。」  強くしなやかな指が、今度は背中に食い込む。そこもまたじんじんと疼くあたり、大した惨状を呈しているのだろう。  宣言通りに捕らえられて一史は内心へどもどする。  失いたくない。もう充分に色々なものを諦めてきたから、失望しながら諦観するのは、もう嫌だ。だから、欲しいと思いたくない。手を差し伸べて欲しくない。そうして、求めて、手に入れて再び背を向けられたら、今度こそ自分は何も求めなくなりそうだった。だから、何もほしくなかった。その筈だったのに。  背に回された掌は温かい。歯形と鬱血にまみれ、なぶられ過ぎてじんじんする乳首に柔く吐息が触れる。  情交の延長に似ていて、実際その通りなのに、卑猥さはなくて、ただ、傍にいる事実が体を温める。  「一史?」  縋るに似た声が一史を呼ぶ。  「マサキは、失恋したんですね。」  ふっと、自分に似た環境に置かれる少女を思い出した。一生遺る傷や性差の分、自分より過酷な生き方をして来ただろう少女の目を思い出していた。  「失恋」  「そうじゃないんですか?」  「やっぱりそうなのか?」  「そうじゃなきゃ、ここまで来ないでしょう」  「いや、うーん……」  実際、彼女に嫉妬する自分がいた。晴人とどうこうなどなることはないと思っていたが、しかし、その性別だけでも、驚異だった。  「随分自信家だな」  「え、」  「いや、自惚れ屋というか」  ニタニタと笑いながら晴人は一史の顔に顔を近づけてくる。  「なんだ、俺に嫉妬させたいのか?」  いやいや、嫉妬したのは自分の方だというのに。晴人は再び一史を組み敷いて薄い布団に押し付ける。見上げた顔は薄暗い中でもはっきり見えた。

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