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獣と見紛う目の光が一史を見下ろしていた。堅い健康な歯ががりりと首筋を噛んだ。
「お前が誰のものか、言えよ。」
素面では要求されなかった言葉を要求される。情事の最中とオーバーラップして、目眩する。
「い、いや、そうじゃ、なくて。」
覆い被さってくる晴人の胸にも赤い蚯蚓腫れが幾筋かついている。それは薄いが、間違いなく一史によるもので、首筋や肩口にも堪えきれず食らい付いた痕跡がはっきりと見られた。自分がつけてしまったものをこんなにも近距離でまじまじと見たのは初めてだった。
体の内側から揺さぶられて、息すら出来ないほどに抱き竦められて、がんじがらめになって、ただ、離さないで欲しい思いが、言葉より饒舌に身体反応として表れた。 向かい合って果てた後、背後から押さえつけられ、不安に身を捩ると耳元で脅迫めいた情愛の言葉を囁かれた。獲物を食らうように領を噛んだ歯が、白く薄闇に映えて、また、喉を喰らう。
「いいから、言えよ。」
かりこりと、遊ぶように喉仏の出っ張りを齧られ、それがまた昨夜の脅迫を思い出させる。
「今日は、仕事が、」
「言えって、」
なぶられ過ぎた乳首は指で弾かれると、痛いだけじゃない感覚を一史にもたらした。この幾日かで躾けられてしまったように腰がゆるゆると揺れる。
話を聞く気はないし、何かスイッチが入ってしまったことに気づきながら、胸が締め付けられる。幸福であると同時に今死んでしまいたくなる程の苦しさがその裏に潜んでいる。温かな湯の中で一点だけ、真水の冷たさに気づいてしまったような。
「一史?」
また、思考が飛んでいた所に、小さく伺う低い声。正気に戻ると覗き込む目が少し笑んだ。
「俺のものだ。誰にも渡さないし、何処かへ行くときは連れていく。」
額が、胸骨の上に触れる。締め付ける熱が、息を苦しくさせる。
「だから、嫉妬なんかさせないでくれ。」
気が狂いそうだといった声には照れがある。
そもそも、そこが違うのだ。マサキに嫉妬するのは、一史の方なのだ。
その事実を告げたとき、晴人はひくと、耳を動かして、顔を上げた。
「それはないだろう。」
「じゃあ、何でわざわざ晴人さんのうちに来たんですか?」
「俺が顧問だったからだろ」
本当にそれだけだろうか。晴人の勤める所がどれ程の規模か知らないが、学校という場所には沢山の大人がいるものじゃないのか。
実際、乳幼児 の世話を任せようと思うなら、保健医の方が適任だ。
納得いかないとばかりに尖った唇に晴人が噛みつく。それに少し目を見開いて、振り切れたらこんなものなのかと一史は晴人を見上げた。
「晴人さんって、この間も思いましたけど、」
「言うな。何となく、言いたいことは判るが言うな。」
言葉の途中で遮って再び一史の胸の上に落ちる。そうして胸の脇辺りの輪郭をなぞる。
「……くすぐったい」
「ん。」
抗議と捉えた指先がすっと失せる。失せたと思ったら今度は腰骨の少し上、凹んだ辺りをつつく。
「そこも、」
言いかけて止めた。言ったら晴人はその細やかな甘えを、甘やかしを止めてしまうことくらい判っていた。擽ったいが嫌ではない。もぞもぞと蠢く感触は乱暴に突き上げられ、訳も判らず快楽の波に翻弄されるのとはまた、違ったヨさがある。
「う……ン、」
かさついた掌が臍の下を撫でる。晴人のナベルが左腿に触れる。堅いそれが、何度も一史の性器に当たった夜を思い出し、またぞろ、体が熱くなる。刺さり、掠り、引っ掻くそれは敏感な場所に触れる度自己を主張するのに、体の中で晴人自身が一史を暴いて、剥き出しにして、もっと敏感な場所を抉るから、その快楽と相まって結局、一史を追い詰めるのだ。足に、肌に、その冷たい金属が触れるだけで、下腹が重く、怠くなる。尾てい骨の中が痺れる。
我慢が、効かなくなる。
これは良くない。止めずにいた一史も悪いのだが、月曜の朝はもうすぐそこに迫っていて、一史は朝イチで企画会議だ。
「で、も」
とにかく話題を変えようと晴人の背中に手を這わせる。微か指先で感じる肌のざらつきに首を伸ばすと盛大な蚯蚓腫れと引っ掻き傷が幾重にもその広い背中に付いていた。
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