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「お前、浮気してるだろ」
「………え?」
スーツのジャケットをハンガーにかけていた静史の手が止まる。
リビングで突っ立って居る俺を振り返るその顔は、驚いたように目を見開いていた。
酒って怖いよな。結局黙ってることなんてできなくて、俺は責めるような口調で静史を見つめた。
「携帯。見た」
ヒステリックに叫ばないのはせめてもの自尊心。なるべく淡々と喋るように意識すると、静史の顔が珍しく引き攣った。
「携帯って、え、…なんのこと?」
「オンナ縛ってハメ撮りしてるやらしいやつ。見たんだよ」
「…………」
シラを切ろうとしたようだったが無駄だ。俺はしっかり見たしあれはどうやっても言い逃れできないれっきとした証拠写真だ。
「あーんな趣味があったなんてね。気付かなくて悪かったよ。いつから浮気なんてしてたわけ?それも全然気付かなかった」
「…待ってくれ、京太」
「今まで黙ってたけど、やっぱり無理だ。お前とは、無理」
「京太っ…」
「今日コンパ行ったのも次探そうと思ってたんだ。そういえばなんであの場所分かったの?すごいな。まあもうどうでもいいけど」
駄目だ。喋り出してしまうと漏れ出るように言葉が止まらない。静史が俺の傍に近寄ってくるが、俺も同じように距離を取る。
「京太、…ちょっと待って」
「こっちに来るな。…静史、俺も先にコンパなんか行って順番間違えたと思ってるけど、俺たちもう終わりだよ。別れよう」
「!!」
まさか俺からこの言葉を言うとは思わなかった。
静史はビクッと震えて、立ち止まり、信じられないというように目を見開くが口に出してしまうと俺の心はさらに決心を固くする。
「別れるのが一番いいんだ。丘川も言ってた。浮気するようなやつは何回でも浮気するって。ほんとその通りだと思う。俺はもうお前とは無理」
「京太…!」
静史がいきなり距離を詰めて反応し切れなかった俺を抱き締めてきた。
「なっ…やめろ!離せ!」
「京太、ごめん!本当にごめん!もうしない。京太が嫌がるなんて思わなかったんだ!俺は別れたくない!」
「嫌がるなんて思わなかった!?恋人が浮気して喜ぶ奴がどこにいるんだよ!お前頭沸いてんじゃねえのか!別れるっつったら別れるんだよ!」
「嫌だ!絶対に別れない。お願いだ、京太。別れるなんてそんなこと言うな…!俺には京太だけなんだ!信じて…!」
痛いくらいに抱き締めてくる力に、体格差もあり抜け出せない。冷静にいようと思ったのに、まさか静史がこんなに取り乱してくるとは思わなかった。
こんなに感情を露わにしてくる静史など初めて見る。
「じゃあなんで浮気なんてしたんだ!そんな浮気するやつの常套句並べて、どう信じたらいいってんだよ。つか、マジ離せ!」
「離したくない…!」
「っわ」
何とか逃れようと暴れていたのが裏目に出て、俺は足がもつれ静史もろとも崩れ落ちるように床に倒れてしまった。
上から覆い被さるみたいに静史の体が位置する為、これでは余計逃げられない。静史も静史で俺が暴れないように両手を床に縫い付けてきた。
「おい…!やめろ!どけ!」
「ごめん…暴れないで。京太」
ごめんと言いながら静史は力を緩めるつもりもないようで、押さえつけたまま上から俺を見下ろしてくる。その顔は何故か悲しそうで泣きそうな顔をしていた。
泣きたいのはこっちだっていうのに。
「お願いだ京太。別れるなんて言わないで。俺が好きなのは京太だけなんだ」
「だったらなんで浮気したか言ってみろよ!」
「それは…………」
口籠る静史に苛立ち、気が緩んだ隙を見て唯一の攻撃方法である頭を思いっきり真上の静史にぶつけた。
ゴンという鈍い音がして、多分お互いに目の前に星が散る。
反動で緩んだ手の拘束を振りほどき俺は静史の下から這い出て、とにかく距離を取ろうと起き上がったが、すぐに強い力で後ろから押し倒されてしまった。
「ギャッ!」
床に顔面ダイブ。
先ほどの頭突きの後の顔への衝撃に俺は生理的な涙を浮かべる。
「あ…悪い。大丈夫か?…でも、逃げずに話を聞いて欲しい」
背後から加わる静史の体重に、顔だけを背後の静史に向けるよう横を向くが、さすがによく顔は見えなかった。
「お前ほんと、ふざけんな!浮気はするは理由は話さないは、挙句に別れたいっていうやつ捕まえて駄々こねて…何がしたいんだよ…!!」
「全部俺が悪い。分かってる。でも…俺は京太と別れたくないんだ。…どうやったら機嫌なおしてくれる?」
俺が機嫌を悪くするたびに聞く台詞に、こんなにも腹が立ったのは初めてだ。
その台詞が出てくるってことはいつもの喧嘩と同じだと思ってるんだろう?
ふざけんなよ。
「………静史。俺は機嫌が悪いわけじゃない。正直もうお前のことは何とも思ってないんだよ。今日お前にくっついてた子、いいなーと思ってるんだ。俺はあの子と付き合いたい。…だから別れて欲しい」
俺はなるべく真剣に、ゆっくり、きちんと聞き取れるように、心にも思っていないことをまるで本当のように吐き出した。
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