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五
『遠慮するわ』
返事は即答だった。
『椿が可愛くて仕方ないのかもしれないけど、子育てとぬいぐるみを愛でるのは違うのよ?』
「誰でも最初は、親になるのは戸惑うものだろ? 俺はお前のやったことは許せないが、――お前を知る努力はしたいからまずは認知してから色々知っていこうと思う」
『それは椿の為?』
「あ? 他に何があるって言うんだよ」
俺の言葉に、馨とやらは何か考え込むように黙り込んだ。
電話の向こうで、子供番組の音楽が流れている。椿はそれを見ているのか静かだった。
『そうね。ちょっと計画が変わっちゃうけど、――いずれそうなったら嬉しいわね』
せっかく俺が結婚を、と言うのに緑同様に馨も渋った。
それは緑と同じく俺が高卒で元ヤンで、両親も居なくて、――ふらふらしてやがるからなのか。
それでも、数日後には一応は認知の手続きは馨に頼んで済ませた。
その時に会った椿は、機嫌がよくてにこにこ良く笑う可愛い天使だった。
三人でファミレスでご飯を食べて、――これが家族なんだと知って心が震えた。
椿を交代で抱っこしながら食事を済ませる。
居心地は悪くなかった。
*
それはそれは昔、夢を見た。
まったく帰って来なくなった母親が、本格的に俺が要らなくなって捨てて消え去ったのは、俺が3歳だったか、2歳だったか。
今の椿よりは、多少考える事が出来た。
母親は、――某大物女優で、ワイドショーでは色んな男との噂が絶えない人だった。
俺の父親も誰だか分からないらしい。
仕事で俺を平気で1日放置するし、三日帰って来ないこともあった。
結局爺さんが、母親と絶縁するのを条件に俺を引き取ってくれた。
都会からは何駅も離れた、――未だに商店街が賑わうような駅から歩いて10分ぐらい。
近くに公園があって、ふらふらと俺が夜な夜な遊んでいた為に、俺を慕うガキが集まりだしたので面倒になって行かなくなった。
だが、おかげで不良が溜まる公園になってしまったのには申し訳ない。
都会の、何十階か分からねぇ部屋から、手を伸ばしても届かないキラキラ光る夜景は、俺の腹を満たしてはくれなかった。
高そうな家具や、置かれた菓子パンでは、俺の心は潤わなかった。
何もかも用意されてはいたが、何一つ満たされない世界から、じいさんが助けてくれたのに、絶縁したのに、こっちはテレビの液晶越しからあの女を見てしまう時がある。
あっちは俺のことなんて見えても、覚えてもいないのに。
そんな俺が、椿に満たされない現実を与えてしまうのが耐えられない。
汚い世界なんて、まだガキがしらねーでいいんだ。いつか、分かってしまうんだから。
ただ、ちっさい手で、目の前にいる大人に必死で両手を伸ばして大声で泣いて、それを受け止めてやるだけでいいんじゃねぇのか。
――おれはそうしたい。
そうしてやりてぇ。
俺がはるか昔に望んで夢見た現実。
そんなに表情が変わらねぇ俺に比べ、――椿の喜怒哀楽がはっきりした純粋さを守りたいと思ったんだ。
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