10 / 206
六
「太陽、この水色の単車、どーするんだ!?」
親父さんから見積もり書で頭をパシパシ叩かれた。
だが、俺だって悩んでんだよ。
見積もり額はざっと見て9万超えている。
これからこの燃費の悪いポンコツを乗り回すよりは、買い替えるべきだ。
それを伝えるにも、連絡先聞いてなかった。
俺からガソスタに会いに行くのは、癪に障るというかき気に食わねーし。
「1週間取りに来なかったら処分してやる」
「物騒だな。今日はもう良いから、ちゃんと確認だけはしとけよ」
「へーへー」
どうしたもんか。会ったら殴ってやりたいのに。
ロッカールームで作業服から私服に着替えて、荒らしくロッカーの扉を閉めてしまう。
すると、ジーンズのポケットが震えた。
「はい?」
『……ご機嫌ナナメかしら?』
馨からだった。
「別に。何?」
『椿を保育園に迎えに行って欲しいんだけど大丈夫?』
「別にいいよ」
『先生には、夫が迎えに行くって伝えておくから』
夫?
聞き慣れない言葉に、どう反応していいか迷っていたら、噴き出すような声が聞こえてきた。
『役所で婚姻届を貰ってから、保育園に向うから合流しましょう。私も腹をくくるから貴方もね』
へ……?
遠回しだが、俺より格好いい台詞に一瞬意味が分からなかった。
んんん?
つまり俺は。
椿の父親になるのか!?
「親父さんっ お疲れ様っした!」
バイクに跨がり、挨拶もそこそこにすっ飛ばす。
どこで警察が検問してるかなんてもう慣れている。
そこを過ぎ去ったら思いきり飛ばしてやろうと思った。
椿は保育園でも天使のようだった。
自分より大きな熊のぬいぐるみを抱き締めてピンクのよだれ掛けにふりふりレースがついた布団をかぶって眠っていた。
保育士たちは俺を見てなんだかキャーキャー騒いでいた。俺と椿がそっくりだと交互に見ながら興奮している。
それが悪い気分じゃなくて、俺はにんまり笑ってしまう。
だけど。
馨は保育園には来なかった。
その日、仕事から帰宅し市役所に向かう途中に、スピードを出しすぎた車に後ろから衝突されて車はその衝撃で壁にぶつかり、――即死だったらしい。
馨の通夜に、招かざる客の俺は椿と一緒に顔を出した。
ともだちにシェアしよう!