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六
「そんな事、もうしないで下さいね。俺も椿くんも悲しいですから」
「椿を出してくるのは、卑怯だろ。んだよ、お前は俺の母ちゃんか」
茶化した俺に、炒飯を食べ終わった緑は両手を伸ばしてくる。
「母ちゃんは、嫌ですね。もっと良い場所、開けて下さい」
椿を優しく奪うと、ミルクを飲ませるのを交代してくれた。
もっと良いポジションか。
「父ちゃんにしては骨がないけどなぁ」
「はずれです」
不満げに唇を尖らす伏し目がちな緑の顔を見つめながら、炒飯を食べる。
慈愛に満ちたマリア像よろしく、椿にミルクを飲ませる優しい表情。
穏やかで、くっきりした顔立ちに綺麗で純粋そうで真面目な瞳。
ストイックで、――将来有望そうな緑はモテると思うんだが。
「あの、そんなに、見つめられたら穴が開きます」
「お前、彼女は?」
「居るかでしたら居ません。欲しいかでしたら、――恋人は欲しいですが彼女じゃありません」
「んな遠回しな言い方やめろよ。背中が痒くなる。つまり、ヤりたい女ではなくて傍にいたい女が欲しいってこと?」
「椿君の前で、太陽さんはストレート過ぎです」
何故か怒られた俺は、黙って炒飯を食べる。――緑母ちゃんめ。
先日まで椿の世話も分からなくて、顔に粗相されていた緑の姿ではない。
ミルクを飲み終わった椿の口を拭き、肩に乗せてトントンとゲップをさせているその姿。
何故だが、俺がもっていないその雰囲気が、たまに切なくなる。
その何でも包み込んでくれそうな、大きな懐に飛び込みたくなる――衝動。
過去に貰えなかった愛情が、緑から溢れているんだ。椿に対してだけど。
「お前って、いいな」
「太陽さんの言葉は時々脈絡がありませんよね」
椿におもちゃを与え、あやしながら苦笑する。
だが、それでも良かった。
「お前の子供に産まれたら、俺はどんな人生だったんだろって思ってさ」
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