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八
「アンタ、さっきから店の電話に太陽くん居ますかってあおば保育園から」
ナイスタイミングで店の奥から奥さんが出てきて二人で飛び上がってしまった。
「あおば保育園?」
あの親切で美人な保育士ばかりいる椿の保育園か。
「お子さんに何かあったんじゃないかい?」
奥さんに子機を渡されて、すぐに電話に出ると、保育士さんの声は焦っていた。
『椿くん、熱が高いです。お迎えに来れますか?』
時計を見ると、まだお昼前。
椿を預けて二時間も経っていないという事はもしかしたら朝から体調が悪かったのだろうか?
「親父さん……すみません」
「店なら気にするな」
すぐに察してくれた親父さんに頭を下げつつ、壁にかけていたジャンバーを羽織る。
一旦バイクを家に置いてからバスで迎えに行かなければいけない。
緑の顔が脳裏を過ったが、――大学の講義の時間中だろうと連絡はしなかった。
テスト前でレポートも沢山あると言ってたしな。
病院に行ったら、突発性の発熱で小さい頃にはよくあることだと淡々と診察されて終わった。
でもこんなに小さな身体で熱が高いなんて見てるだけで可哀想だ。
「あと、半年検診来てないね。予防接種は? かかりつけ医は? 戸籍と住所はちゃんと移してるの? 市役所が把握できないと予防接種の知らせも届かないよ」
次々に言われても、椿と過ごしてまだ二が月ぐらいで何が何だか俺には理解出来ていない。
熱で苦しむし、母子手帳見ても分からないし、布団に置いてもぎゃん泣きするしで、どんどん夜の色と同じぐらい不安が積もっていく。
小さな椿の指を握りながら、途方もなく不安が襲ってきていた。
緑には来るなと連絡入れたから、――来ないはず。
呼べば良かったか? いいや。椿の親はもう俺だけだ。
ぐるぐると不安が襲う中、インターホンが鳴る。
椿を起こさないようにそっと指を離し、玄関に向かった。
もしかしたら。
「緑?」
確認もせずに、玄関を開けてそう尋ねた。
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