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十一

椿の為にという気持ちから罪悪感はあるものの、彼女もいる。 男なんかとエッチなんかしたくねぇ。つまり緑の俺への憧れを俺は力一杯拒絶した。 だが、キスぐらいなら試してみてもいいと思う。 「何でキスは良いんですか」 震える緑の声が理性と戦ってるのが分かって楽しい。 「だから俺に夢なんか見てんじゃねーよ。女に薬盛られてヤられるぐらい俺なんて綺麗でもなんでもねーんだよ。今は椿の世話で興味ないが、一夜ぐらいの関係なら」 「それって……初めてが女の人に騙されたから自分を大切に思えなくなっちゃったんですか?」 「そんな驚くなよ。今は感謝してるって。あれがなきゃ、俺バイクだけで満たされてたし」 いかん。真面目くんにこんな道徳心の欠片もない話したら駄目だった。 明らかに引いている緑は、顔が真っ青だ。 「したいです」 「あん?」 「俺、太陽さんとキスしたいです」 ガバッと起き上がった緑は、正座して俺を見下ろす。 「え、ああ、良いけど」 不覚にも一瞬固まってしまったのは、心のどこかで緑がそんな事するはずないと舐めてたからか。緑は、眼鏡を外すと畳の上に丁寧に置く。 そして俺に覆い被さるようにして顔を近づけてきた。 「けど、約束してよ、太陽さん」 「約束?」 「キスするのは、もう俺と彼女さんだけにするって」 ギシッと畳が軋み、緑の息が鼻にかかるぐらい近づく。 空気を読んだように静かに寝息を立てる椿が羨ましいぐらいだ。 「お前は俺に嘘をついてるのにか?」 「…………はい」 視線を泳がしながら、迷いながら、力強く緑は頷く。 「あのさ、眼鏡外さなくてもキス出来るんだけど、お前童貞じゃねぇよな?」 熱い緑の視線に居心地が悪くなり、冗談を言ってみた。けど、緑は動揺せずに「まさか」と笑い飛ばすと、布団の上を泳ぐ俺の髪をスルスルと撫でまわす。 「眼鏡を外した分、貴方に近づけるから」 「何だそ――んっ」 唇に触れるだけの優しいキスで、俺の言葉を遮った。 緑らしいと言えば緑らしいけど。 「おやすみなさい、太陽さん」 「――まて、この馬鹿ふぇみにすと」 「……フェミニストの意味分かってます?」 正直分かってはない。が、こんな中途半端なキスじゃ満たされない。 「他の奴にキスしてほしくないならもっとちゃんとキスしろ」 何だ、あんな小学生みたいなキス。教習所でセクハラキスしてきたジジイの方がねちっこかったぞ。 「でも気持ち悪くは」 「暗いし、まぁ緑だからか気持ち悪くはねぇよ。そーいや千秋ともまだキスはしてねーなぁ」 照れ屋というか慎ましいというか。抱いたのは抱いたけど。 「ずるい人ですね。太陽さんは 頬を優しく緑の指が這う。 ずるいのか。 キスぐらいで繋ぎ止めるのは。 じゃあキスぐらいで繋ぎ止められちまうお前は――……。 「んっ」 優しく啄むキスに、俺はゆっくり口を開きチラチラと舌先をちらつかせた。

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