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十四

千秋の泣き顔が頭から離れない。 キツい。可愛くて内気だけど、椿を抱っこする姿とか、なんか女神様みたいに綺麗だったのに。 「ただいま!」 「しーっ」 緑に悟られないように元気に玄関を開けたら、緑に睨まれた。緑は、背筋を真っ直ぐ伸ばして正座しながら寝ている椿を優しくトントンしていた。 その姿が……千秋みたいに優しいマリア像みたいで何だか切なく泣きたくなる衝動に刈られる。 「どうしました?」 俺の余裕のない表情に緑が首を傾げる。 「ちょっと黙ってキスさせろ」 「へ?」 「黙って舌を出せ、このバカっ」 その衝動をぶつけようとしたら、腕を引っ張られ緑の胸の中へ飛び込んでしまった。 「ムードのないキスはお断りですが、抱き締めてはあげれますよ。太陽さん」 「緑……」 「イライラしてて、何かを誤魔化そうと忘れようとしてますね。それじゃキスはしません」 ぎゅっと抱き締められると、ストイックな緑らしい服から柔軟剤の匂いがした。チャラチャラした匂いなんてしない。きっとこいつは残り香さえ残さない。 「千秋と別れた。や、切り出されるまで恋人としての言葉なんかあげたことなかったんだけど。子持ちの高卒の元ヤンなんかと付き合えば――まぁあんな初々しい子は反対されちまうよな」 「太陽さん……」 「椿は可愛いし、俺はこの現状で不服じゃなかった。ただお前や、千秋みたいに優しい奴を見ると、衝動的に気持ちがこみ上げて来て泣きだしたくなるんだよ」 この気持に理由とか意味とかあるならば、誰かに教えてほしかった。 でも、言えない。でも、伝わらない。 上手く言葉に出来ないんだ。 「ごめんなさい。――太陽さん」 緑の、俺を抱き締める力が強くなる。懺悔するかのように、俺に赦されたいかのように、悲痛な叫び声だ。今、懺悔しているのは、俺なのに。 「太陽さんは、椿君に愛情を注ぐのは、どこから生まれた愛情か分からなくて、混乱しているんだと思います。愛する人の子供だから、欲しくて望んだ子供だから、 愛を育んで愛する人が産んでくれたから、――このどれにも太陽さんは当てはまりません。でも、好きなんですよね? 愛してるんですよね?」 「ちょっと、お前の言っている意味が分からない」 難しいと言うか、遠回しな言葉選びが俺を混乱させていく。 つまりは? 「愛情を知らないって言い方は失礼だけど。貰ったことないのに、自分から生まれてくるのが不思議で、――俺や千秋先生に理由になって欲しかったのかなって」 理由になって。利用しようとしたのは、間違いない。 不安を、安心できるこいつや千秋で払拭させて――甘えたかったのか。

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