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三
「ありがとうございます、奥さん」
「やーねぇ。辛気臭い。奥さんじゃなくて遼子さんって呼んでくれよ」
バシバシと緑を叩きながらも、目は優しい。
「こんなに可愛いと将来が楽しみねぇ」
よしよし頭を撫で抱っこして、その姿が――馨に重なった。
あいつもずっと椿をこうして育てたかったんだろうなって。
あいつの両親には腹が立つし二度と会いたくないが、いつかちゃんと、母親の墓には連れて行ってやりたい。
「さぁて、親父さんの手伝いしてくるか。お前は椿と先に帰ってろよ。なんか甘いお菓子買ってきてくれよ」
ちょっとマイナスな思考を打ち消したくて糖分を要求した。
緑は頷くと、椿を遼子さんから受けとり車へ戻っていく。
「お邪魔しました」
「椿ちゃんだけでもまた来るんだよ」
遼子さんは車まで見送りに行って、残ったお菓子を渡していた。
椿を育てるのは19歳の俺にはなかなか大変かもしれないから、こうして手を差し伸べてくれる人達がいるって嬉しいな。
「みーどーりー」
「太陽さ―――ん」
「緑ってばぁ!」
「ダメです! ごめんなさい」
ポタポタと滴が垂れる中、俺は深く深く溜息をついた。
俺がお風呂に先に入るから、椿と一緒に入って来いっていったのに緑は断固拒否。
仕方ないから。風呂から先に椿だけ受け取りに来てくれって風呂場から叫ぶが、緑は脱衣所の柱から真っ赤な顔を両手で覆って役に立たない。
仕方なく、腰にタオルを巻き、タオルに包まれた椿を渡すと『きゃーー』っと叫んで逃げやがった。
こいつ。
俺の裸にムラムラしてんのか?
胸ないのに?
髪も適当にタオルでガシガシ拭いてからテレビの前で椿に服を着せている緑の背中を足でつーっと撫でてみた。
「ひっ」
「お前、毎回毎回、俺の貧相な裸に真っ赤になんなよ。大きくなって椿がお前の言動に不思議がるぞ」
お茶を取りに冷蔵庫までぺたぺたと歩いて行く。
緑は合鍵も持ってるし、最近はほとんど家に帰らずにうちに泊っていくことが増えたんだけど、風呂だけは逃げて手伝ってくれない。
逆に椿を風呂に入れてくれる時は、腰にタオルを巻いてから俺を呼ぶ始末。女子か。
「そうか。太陽さんの未来にはそんな先まで俺が居るんですね。嬉しいけど」
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