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六
『椿くんが、すごく慣れててその人が来たら自分から抱っこされに行ったの。で、その人が『忙しい太陽の代わりに迎えに来ました』って言ったから、渡したみたいなの』
「は?」
『やっぱそうだよね。おかしいよね。だって太陽さん、お母さんとは疎遠だって言ってたし、馨さんのお母さんでもなかったし、でも緑くんだって複雑な関係だから深く聞けない保育士ばかりだから今回も』
早口で話していた千秋は、ついに泣きだしてしまった。
「や、今は緑は関係ないだろ? それより椿は誰かに連れ去られたってことか?」
そう静かに聞くと、千秋が『ごめんなさい』と泣き崩れた。
それ、は、突然の出来事で一瞬思考が停止した。
「今すぐ行くから!」
千秋が言う、緑の複雑な関係なんて一ミリも考える余裕もなく俺は親父さんの元へ走った。
親父さんには本当に申し訳なかったが、店番は帰ってきた遼子さんにお願いして保育園へバイクを走らせた。
保育園に到着すると、椿を受け渡してしまった先生と、千秋が別室で大泣きし、手が開いている先生たちが近場を捜索しに行く大騒ぎにまで発展していた。
「千秋、その椿は」
「今、警察の方がコンビニで」
保育園の向かいにあるコンビニの監視カメラの映像待ちらしかった。
そこで連れ去った人の顔を特定できて、全く他人だったらすぐに事件として扱ってくれるらしく。
でも保育園から連れ去る事件の多くは、身内のゴタゴタが多いらしく事件性は薄いと判断されるらしい。
「君が、華野椿くんの保護者?」
コンビニの裏でカメラをチャックしていた警察が、繋ぎの作業衣姿の俺を上から下までじろじろ見る。
オイルまみれの作業衣に金髪の俺を見て、ピリピリしていた張りつめた空気を急に解いた。
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