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「俺、煙草なんて吸いません」 「でも、仕事帰りの貴方、煙草臭い時が多々あったわ」 「それは、仕事場の親父さんがヘビースモーカーだからだろ。俺が吸わないのは、千秋とか緑が証明するし、もう行っていいか?」 長話に付き合える余裕も時間もない。 すっかり月も星も淡く光り出した夜空、こんな真っ暗な夜の下、俺と椿は離ればなれなのだから。 ――親父さんと同じ煙草の臭いか。 けっこう独特で、段ボールで海外から輸入する珍しい煙草だって言ってた。 煙草。 たば、こ――。 まじか。 「――心当たり、心当たりが、あるかもしれ、ない」 絞り出した声は、情けないことに真っ白になった頭の中同様、震えていた。 「あれ? あれ?」 「どうしました?」 バイクに跨ったまま、なかなかバイクが発進しない。 何度やっても、何度やっても、――何処をどう触って発進させていたのか思い出せない。 なんだ、これ? 焦って手を動かしている時、やっと理由が分かった。 身体が震えていたんだ。 落ち着いている、冷静に努めているつもりだったが、不安で今にも押しつぶされそうだったんだ。 「太陽さんっ」 車から降り立った緑が、走ってくる。 こいつには、――お見通しなんだろうな。 走ってきた緑が、俺のバイクのエンジンを切る。 抱き締められて、撫でられた髪に触れる、緑の感触。 心地いい。 暖かい。 これほどまでに安心させてくれる存在なんで、――緑しかいない。 こいつしか、――いないんだ。 緑、緑、緑、――みどり。 自覚したのに、今は、伝える暇などなかった。 「遼子さん」 「はい?」 「椿、遼子さんが連れ去ったかも」 そう言うと、震える俺を抱き締めて緑は車へ俺を押し込んだ。 こんな忙しい日に限って、――親父さんに何重にも迷惑をかけている。 違ってほしい。でも、もし違ったら椿の居場所は俺だけではもう分からない。 だからどうか、どうか――。 乗り込んだ仕事場には、煙草を吸って一息つく親父さんの姿があった。 「お? どうした、太陽。こっちはもう大丈夫だぞ」 「黒のワンボックスカー……」 「あ?」 「遼子さん、黒のワンボックスカー運転」 見開いて、単語しか言わない俺に、親父さんは只ならぬ何かを察したのか煙草の火を消す。 「椿君を返して下さい。――遼子さんはこの奥ですか?」 その言葉に、親父さんは灰皿ごと床に煙草を落とした。 「遼子!」 走り出す親父さんの後ろを、俺と緑は着いて行く。不安は、当たっていたのかもしれない。 店と修理場の、店に繋がっている家の前。 黒のワンボックスカーと、椿の泣き声が聴こえて来た。 「何をしてんだ! てめ、遼子!」 親父さんが土足のまま家に入ると、遼子さんのすすり泣く声がした。 「こんなガキが育てられて、私が育てられないわけないだろ!」 「怒鳴るな! 赤子が怯える!!」

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