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二人の修羅場の中、遼子さんの両手には、しっかりと椿が抱き締められていた。 ほっとして、膝を折った俺は涙がこみ上げてくる。 それと同時に激しい怒りが、拳を強く握らせた。 親父さんが居なかったら、親父さんの奥さんじゃなかったら、――ぶっ殺していたかもしれない。 震える俺は、立ち上がると泣きじゃくる遼子さんに近づいて行く。 「椿、返してください」 「いや。いやよ」 しっかり抱き締めて、俺に背中を向けた遼子さんは椿を離そうとはしなかった。 「母親が居ないなんて、こんな可愛い子が可哀想よ! 私に頂戴。産みたかったのに産めなかった私に! 私に頂戴!」 わああああと泣き出す遼子さんに、俺はつい、壁を強く殴りつけてしまった。 ぽろぽろと崩れる壁が、赤く染まっている。 「頂戴とか、椿をモノ扱いすんじゃねぇ! 俺の大切な家族だ! やらねーよ! やれるか!」 穴が空いた壁を見ながらも、気持ちは全く収まらない。 女だから手加減をしなきゃいけないのは、女がか弱くて守ってあげなきゃだからだ。 馨も遼子さんも、俺が手加減しなきゃいけない奴じゃない気がしてきた。 「椿は俺の大切な家族だ!」 「でも望んでできた訳じゃないっ 私は望んでもできなかったっ」 「止めないか! 遼子っ」 「嫌よ。私にちょうだいっ」 親父さんが髪の毛を引っ張ったり、羽交い締めしたりしても効果が無かった。 「太陽! 俺が抑えるから椿くんを奪い取れっ」 「俺も手伝います!」 緑と親父さん二人掛かりで押さえつけると、遼子さんと椿の泣き声がいっそう激しくなった。 「椿!」 俺がそう叫ぶと、椿は一瞬泣き止んだが、すぐに大声で泣き出した。 「ぱぱぁぁぁ!」 目を見開いて、その瞬間俺は遼子さんにタックルし椿をひったくっていた。 それは、初めて椿が俺をパパと呼んだ瞬間だった。 少なくても俺にはそう聞こえた。

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