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十
「椿っ 椿っ」
泣く、なんて何年ぶりだろうか。
もしかしたら俺は、母親に置き去りにされたあの日からずっと一人で。
ひねくれてて、世界に期待なんかしないくせに寂しいから諦めていて。
ずっと一人で愛情から逃げて生きていくつもりだったのかもしれない。
たった一晩、知らない女と身体を合わせて体温を貪れば、抑えられる気でいた。
でも。
愛情なんか貰えなかったこんなゴミみたいな俺でも、クソジジイや緑みたいに愛情をくれる。
枯渇していた俺の心からは、確かに愛が溢れていた。
俺と椿がわんわん泣くのを見て、遼子さんは泣くのを止めて俺たちを呆然として見ていた。
緑が包み込むように俺たちを抱き締めてくれて、親父さんが遼子さんを引きずりながら警察に連絡をしてくれた。
椿が居なくなるのかと思ったら怖くて怖くて。
未だに震えが止まらなかった。
それからは、親父さんと緑が保育園や警察に連絡してくれた。
親父さんは裁いてくれと言ったけど、俺は首を振った。
遼子さんは確かに憎いけど、本当に椿を奪っていたら許せなかったけど、でも、――優しかった。
高卒の俺を気遣い、椿を一人で育てるのも心から心配してくれていた。
許されることではないけど、遼子さんの心情を考えると強く出られない。
けど、許せなくて。
緑越しに、保育園には俺の勘違いだと伝えて貰い、親父さんにだけ謝罪した。
乾いた心に何度も何度も椿の笑顔を思い出しながら潤わせ、ギリギリのラインを保っていられた。
クソジジイに明日行けない旨を緑が連絡してくれたが、俺は畳の上で、椿を布団に置くことが出来ず、正座したまま、月明かりに伸びる自分の影を眺めていた。
「太陽さん」
そっと後ろから抱き締められ、ドクンと鼓動が動き出した。
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