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二
「良い嫁だ」
「嫁は太陽です」
「あとは椿には絶対バレないようにしなきゃだな。俺なら非行に走る。自分の父親が男と付き合って突っ込まれてるとか。俺よりも荒れてしまうぞ」
「表現は下品ですが、椿くんの件は了解です。必ず一生秘密で通します」
「おう。俺の股間にかかわるからな」
「……沽券です」
また小さく下品です、と呟いたのが緑らしくてついつい笑ってしまった。
そして緑に椿を任せて俺は仕事に向かう。
バイクに座ると尻が鈍く痛んだけれど、誘って煽ったのは俺なんだから。
バイクをぶっ飛ばしながら、昨日の今日で親父さんと会うのは気まずかったけれど、先伸ばしにしても仕方ない。覚悟を決めなければ。
着いた仕事場はシャッターが下ろされ、静まり返って不気味だった。流石に仕事は休んだらしく俺が悪くないのに胸が痛んだ。
俺は、マフラーをわざと煩く響かせたり吹かせたり、見た目だけの改造が楽しかった。
でも親父さんはマシーンの性能の改造に力をいれていた。
親父さんのバイクを走らせる背中を追いかけるのが好きだった。
荒れてダサく喧嘩したりするより、親父さんみたいに速く走れるようにバイクを弄る方が楽しいと思えたのは親父さんのおかげ。
憧れだった。そんな親父さんに迷惑かけるなんて嫌だ。
「馬鹿か。辞めさせられるわけねーだろ。却下だ」
店の中でポツンと大きな身体を小さくして自転車や単車を磨いている親父さん。
遼子さんがどこにいるかなんて聞けない。
「でも俺」
「ガキが心配も遠慮もすんじゃねー。お前は怒る権利はあるが、俺たちに同情すんな」
でも怒る親父さんの顔からは覇気が感じられず、憔悴しきっている様子だった。
「同情じゃねぇ……もん。俺、俺自身なら遼子さんも親父さんも好きなんだ。だけど、やっぱ椿の親としては、ここに居ちゃ駄目だと思う」
「太陽、お前……」
「だから、再就職先見つかるまでは甘えるかもしんねーけど」
「ガキ。そんなん構わないっ」
「……すまんな」
「親父さんが謝らないで下さい」
「あんなヒステリックでも、俺のツレなんでな」
力なく笑うと、親父さんは拭き掃除を止めて煙草に火をつける。
壁にもたれながら、気持ち良さそうに。
親父さんがヘビースモーカーで良かったと思う。
この匂いが俺に染み付かなかったら、発見は遅れていたんだから。
「うちの椿が可愛すぎるのが原因なんだし」
「グホッ」
「俺に似て美人になるだろうから空手とかボクシングとか習わそうかな」
まだ親父さんはゲホゲホしていたけれど、俺の頭の中は椿の習い事でいっぱいだ。
やっぱバイクが良いけどなぁ。
「お前、完璧に親の顔してやがるぞ」
親父さんが目の下に深い隈を作った目をくしゃくしゃにしながらそう笑う。
何だか俺は泣きそうになりながら、一緒に笑ったが、一滴涙が流れてしまった。
もう……楽しく働いていた昨日までの時間は戻らないけど。
でもそれが親になる事なのかもしれない。
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