50 / 206
七
「ソレは困ります。俺は貴方の心も欲しいけど身体も満たしたいから」
「言葉で言うのは簡単だけどな。俺だってお前ともう少し話す必要があると思っている」
だが、今からは再就職に同居に、椿の事に色々と大変で、ラブホに行きたいとさえ思えないしな。
「待ちます。その、落ち着いたら三階建の花屋にも入れさせて下さい」
「ああ。邪魔しに来い」
この数日苛立っていたことが少し緩和されたのは、緑が相変わらず俺に夢中そうな顔をしていたからだ。
仕方なく頭を掻いた後、少し考えてから指でちょいちょいと緑を呼ぶ。
緑が俺に二歩ほど近付くと、そのまま唇にキスしてやった。
ディープなのをしてやろうと思ったが、ちょっとだけ背が届かなかった。
ちょっとだけだ。
「良い子に待ってろよ」
そう言うはいいが、押し倒されて下になるのは俺なんだからなんか変な感じだ。
たまには俺も、理性が壊れた緑に情熱的に求められるのも悪くない。
それをまじまじと観察してやるのに。
「じゃあ、また連絡待ってます」
そうはにかむと、緑は大人しく帰っていく。
押しが弱いんだよ。馬鹿。
親父さんに電話をかけ直し、口を利いてもらった再就職先について色々聞いた。
仕事場は保育園から近くなるしちょっと給料は安くなるから、やはり此処に戻る事が一番良い結果になりそうだという事が分かった。
それを踏まえて馬鹿緑の話を、クソジジイに伝えた。
クソジジイは黙って茶封筒の中身のお金を見つめながら舌打ちした。
「ジジイと馬鹿にされていたのか。殴り付けたいぐらいじゃがもう良い」
「ジジイ、お前病気なのか?」
そう聞くとジジイは口をぎゅっと結ぶ。
それが多分答えだったんだと思う。
「じゃあ、此処で俺と椿がジジイの面倒見てやるよ。それで良いだろ?」
ヒュッと息を飲んだのは俺だったかジジイだったか。
「……ふん。勝手にしろ」
「ああ。勝手にする。椿の面倒もたまに頼むからな」
「仕方ねえな」
ふいっとジジイが二階に消えて、そのまま眠りに行ったようだ。
二階のリビングにくしゃくしゃに丸められた紙切れがテーブルに置いてあった。
ともだちにシェアしよう!