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九
すぐに保育室の隅に呼び出された。
また何かあったのだろうか。
「母の日の似顔絵を描こうという話だったのですが……」
苦笑する千秋は、他の保育士と遊んでいる椿を尻目に話し出す。
そういやそんな話もしていた。
白い画用紙に黒いクレヨンで描かれた○が二つに棒線二本。
「『一○○一』? お団子みたいな絵だな」
「お団子じゃなくて眼鏡です」
「眼鏡?」
頑張れば見れなくもないが、もうすぐ二歳の椿が描いたのだとしたら、――天才だ。天才すぎる。
額に入れて飾り、数年後大きくなった椿が恥ずかしくなって剥がすぐらいまでは想像できる。
だが俺とは裏腹に千秋は、下を向いた後少し躊躇ったが顔を上げた。
「緑さんを描いたみたいですよ」
「緑を!?」
それを聞いた瞬間、ブホッと吹き出してしまった。あいつ、母ちゃんとして認識されてんのか。
「笑い事じゃありませんよ。その……太陽さんも真面目に考えて」
「だって! 母親を緑だって。あいつが母親って似合いすぎてて」
「やはり椿くんもお母さんと似てなくても雰囲気で感じ取れるんじゃいですかね」
雰囲気で感じ取れる?
「まぁお母さんと緑さんはご姉弟だから問題はないんです。問題は、太陽さんが緑さんに頼りすぎてるのではと。椿くんが緑さんにお母さんの影を求めているなら太陽さんがもっと愛情を……」
「は?」
「いや、太陽さんは頑張ってますよ。ですが」
「いやいや待って。俺が親として至らないのは分かってるけどそこじゃない。そこじゃなくて」
千秋が首を傾げる。傾げたいのは俺の方だ。
「……緑と馨は姉弟なのか?」
「え、ええ。あの、だから太陽さん達は仲良しなんじゃないですか?」
今度は千秋がびっくりする番だった。
いや、でも確かに身内しか保育園は子供を渡さないのに緑には寛容だった。
「緑の名字は『寒田(かんだ)』って」
「馨さんの旧名は『寒田(さわだ)』です……」
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