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十
なんで名前の読み方で嘘をつく必要があるのか?
いや、緑は一度も馨の話を出していないだけで、嘘はついていない。
ただ黙ってただけで。
だと思いたかったが、緑は俺に嘘をついていると言っていた。
数々の当てはまる出来事が思い浮かんできて……肯定してくる。
「み、どりは……俺よりも以前からこの保育園には来てた?」
呆然とする俺に、千秋はびくびくしながら頷く。
「緑さんはよく馨さんの代わりに迎えに来てましたよ」
緑は……。
緑は……俺が椿の父親だと分かっていて近づいてきたんだ。
意図までは分からないが、きっとそうだ。
「あの、太陽さん?」
心配げに千秋が俺を見上げる。
ニカッと笑って千秋の方を叩き、怒ってない素振りを努めた。
「大丈夫。悪かったな。――椿の絵は緑のままでも大丈夫か? 描き直す必要がある?」
「いえ。太陽さんが気にならないなら」
「ん。じゃあそのままで良いよ。緑も子育て手伝ってくれてんだから、きっと喜んでくれるしさ」
誤魔化した。
けれど俺の中で確かに何かが崩れていく音がしたんだ。
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