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二
「全然俺隠れてねーじゃん。ばればれかぁ」
まぁ社長なら俺の事ぐらいばればれか。
お互いに。
それで、俺は一ミリも傷つかないけど。あんな女、親とは思えねぇから悪口なんて屁でもねぇぞ。
「で? 俺に何が言いたいのさ」
「うちの緑に近づくなと」
「お前んとこの馬鹿息子が近づいてんだよ。親がいても子どもってこんなのが育つんなら親いなくてもいーや」
ハンッと笑うと、こめかみをピクピクさせた父親が懐から分厚い封筒を取り出してきた。
「じゃあ君からうちの息子に言ってくれ。『俺みたいになりたくないなら大学に行け』と」
「これは?」
「――手切れ金」
パサッと足元に落とされた封筒からは札束が見える。
「息子があんたみたいなのに付き合わされて留年するぐらいなら安いものだ」
「単位が足りなくて補講が続いて調べたら――あなたなんて!! これ以上うちを掻き回さないでちょうだいっ」
「俺だって……もううんざりだよ」
札束に罪はないのに、ただ持っている人間が最低なだけなのに。
札束を踏みつけると緑の父親に蹴りつけた。
「俺からはお前に近づいた事なんざ一回もねぇしこの先も、な!」
俺からは。
何で俺だけが咎められるんだ。
俺は、馨を騙して抱いたわけじゃない。
俺は、緑に嘘をついて近づいたわけじゃない。
俺は――ただ椿の父親になりたかっただけだ。
「くそ。早く俺の前から消えろ! 二度と現れるな!」
吐き捨てると家の前から突き飛ばし鍵を開けて中へ入る。
けれど、これだけは言わせて貰う。
「椿はめちゃくちゃ……すっげえめちゃくちゃ可愛いからな」
ぽかんとする二人に吐き捨てるように。
「お前らの愛情と俺の椿への愛情は違う。お前らみたいになりたくねえ」
届かなくてもいい。そう言いたくて。
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