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太陽の母親の神埼陽菜充てで、差出人は書かれていなかったがすぐに誰か分かった。 女優神埼陽菜の父親でもあり、太陽の育ての親でもある御爺さんが癌で亡くなった時に、神埼陽菜が送って来た御香典の返却だったようだ。 自分の親の葬式に参加はせず、郵送で香典を送る陽菜も陽菜だが、太陽は受け取り拒否だと封を開けた気配も無かった。 ただ『もううんざりだ。関わるな』と書かれた手紙だけが入っていただけ。 肉親も亡くなり、会いたくもない母親の影もちらつき、太陽の心はきっと不安定になっているだろう。 社長である父が、この手紙を陽菜のマネージャーに渡していた。 とても綺麗で、美魔女と言われているが本当に歳なんて感じられないほど綺麗で妖艶な女優だ。 ただテレビにあまり出らず、映画か舞台しか仕事をしない変わった女優だ。 俺も本物を見たことがない。だから、彼女がどんな気持ちでそれを受け取るのか知る由もない。 俺が思うのは、太陽のことだけ。気持ち悪いって思われてしまうだろうけど。 口は悪いのに、壊れやすい彼の事だ。 きっと健気に一人で耐えている。 ――どうして俺はそばに居られないのだろうか。 どうして俺は、彼を傷つけてしまったのだろうか。 「お前にスカウトを頼みたい子がいるんだ」 それは唐突な親からの命令だった。 頼みたいとは下手に出た言い方だが雰囲気は威圧的。 姉さんがこいつらのこの態度に愛想を尽かして、違う企業へ就職したのが頷けるぐらいだ。 姉さんの時に勝手に就職されたのを未だに根に持っているのか、俺には先手を打つらしい。 「へぇ。俺にですか」 「まだ中学一年。都内の進学校に通う男の子だ」 「中学生……」 そんな若い子まで売り出すのか。 とすると話題性狙いで、最近手を伸ばし始めた音楽系でのスカウトか。 「何でも天才的なピアノの腕前らしい。顔も綺麗だ。モデルもできそうな長身」 それはなんと銀の匙を口にくわえて生まれてきたような、パーフェクトな人物だろう。 「だが大の大人嫌いの生意気な子供らしくない子らしい」 「だから俺に?」 「子供や生意気なヤツが好きなんだろう? お前にぴったりだ」「…………」 椿くんや太陽の事をこうも嫌味ったらしく言わなくてもいいのに。 遠敷 雷也は生意気の塊で。 「うげ。クソジジイは駄目だって分かったら今度は若いの連れてきた」 学ランも着崩し、髪も伸ばし脱色して煙草の匂いを漂わせていた。 確かに肌も白く、黒目がちで綺麗な顔立ちをしている。 「スカウトとか何とか言ってさ、結局二人きりになったらお前もケツ触ってきたり押し倒したりしてくるんだろ。ホモきめぇ。女に相手にされねーのかってまじ哀れ」 初対面からそんな警戒されると逆に可愛いというか。 「君のその状況は確かに同情しますが、俺は君に一ミリも興味ありません」 「まじ? ムラムラしない?」 「はい。俺は年上が好きですから」 にっこりそう笑うと、雷也は腹を抱えて転がり落ちながら笑った。 「俺、なんかフラれたんだけどっ」 告白してねーっと爆笑した雷也の笑顔は、中学生らしい無邪気な姿で。 無邪気な中学生をこちらサイドに引っ張りこむ雷也の親に苛々してしまった。

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