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三
本当にこの子を事務所にスカウトするのか。
未成年に芸能界へ飛び込ませるリスクを考えると俺は反対しか浮かばない。
彼の意思に寄っては反対だ。
父にそう報告したら溜め息を吐かれてしまった。
「では彼のピアノを聞いてみなさい」
そう言われ、彼が習っているピアノ教室が主催のコンクールを見に行く事になった。
全国に何万と子供が習っているマンモス校だが、派閥がある。元プロで業界にパイプを持つ派と有名音楽大学出のプライドが高い派。
毎年優勝しているのは派閥同士のお気に入りだけだ。
つまり、気に入られなければ入賞はほぼ無理。
逆に気に入られれば経歴に箔がつき、バックアップもしてもらえるわけか。
彼は御両親がピアニストで尚且つ有名音楽大学出身。
なのに彼はいつも入賞止まりで優勝はしていない。
血の気が多く喧嘩早い。短気でがさつ。大雑把で大胆。
なのにピアノは優しく大胆、繊細。
粗削りで未知数の可能性がする。
やる気は感じられず、気だるげな雰囲気の演奏。
真面目な審査員はそこで眉を潜めるだろう。
でも彼は演奏したどの子供より魅力的で美しい表現力だった。
そんな危なっかしい彼に興味が持てた。
――独りで頑張ろうと健気に笑う太陽に重なったのかもしれない。
彼を助ける事で、太陽に会えない心の隙間を埋めようとしたのかもしれない。
「君はピアノが嫌いですか?」
入賞の小さなトロフィーを、ロビーのゴミ箱へ捨てている雷也を見つけ、そう話しかけた。
「大嫌い。惰性で弾いてやってるだけだ」
「何で?」
「授賞したいなら、とセクハラしてくる奴等が多い。おっさんもおばさんもだぜ?」
「ではウチの事務所に入りませんか? セクハラ無しとピアノを弾かないで済みますよ」
スカウトとしてはどうなのかと思うが、雷也にはこんな息苦しい世界は似合わないと思う。
「んー? まぁそうだよなぁ。じゃ、その方向でいくなら俺、したい事があるんだよね」
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