67 / 206
四
「太陽さんも……幸せになってくださいね」
「ああ。俺は当分仕事と椿が恋人だけどな」
「ふふ」
冗談で言ったつもりだったが、千秋は寂しげに笑う。
「俺、変なこと、言った?」
笑いを取ろうとしたつもりが、おかしいな。
「ううん。ただ、太陽さんの背中が儚げだから、消えてしまいそうで」
「女子か、俺は」
「一人で頑張り過ぎないでほしい。いつか壊れてしまうから」
いつか壊れてしまうから、か。いつか、じゃない。
もうとっくにガタは来ていて、壊れているのかもしれないけども。
「ああ。まぁ、気を付けるよ」
「いつか、――いつか緑さんとも仲直りしてあげて下さいね。椿君にとっては大切な叔父さんにあたるんですから」
「……」
それだけは、海外へ飛び立つ千秋を安心させたくても、嘘は付けなかった。
謝りに来るなら、もっとちゃんと来るだろう。
でも、あいつは逃げた。
俺と会うのが怖くなったのか、俺にぼこられて愛想をつかしたのか、親に言いくるめられたのか知らないけど。
それがあいつの答えだ。
俺もあの瞬間、あいつが憎いと思ってしまった。
椿がいる幸せは感謝している。一生味わえなかったと思う。
けれど騙されて、生きるはずだった道がこんなにも変わってしまって、その主犯で。
その主犯が、何食わぬ顔で一番親切なふりをして傍に居たのが気持ち悪かった。
あんなに沢山傍に居た。キスもした。セックスもした。
痛いだけの挿入が、指を絡めるだけで、キスをするだけで、愛を囁くだけで、少しだけマシになていたのに。
あんなに大切で、あいつがいなきゃ俺も椿も生きていけなかったはずなのに。
なのにどうしても心が拒絶した。
あいつもあんなに俺に殴られて愛想をつかしたのかもしれない。
謝る気にはならない。俺が傷つけたのは心じゃないから。
俺と緑は、もう会うこともなくお互いの生活が始まった。
次に会うのは、椿が10歳の時、――緑が結婚したと言う一本の電話からだったから。
ともだちにシェアしよう!