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「太陽さんも……幸せになってくださいね」 「ああ。俺は当分仕事と椿が恋人だけどな」 「ふふ」 冗談で言ったつもりだったが、千秋は寂しげに笑う。 「俺、変なこと、言った?」 笑いを取ろうとしたつもりが、おかしいな。 「ううん。ただ、太陽さんの背中が儚げだから、消えてしまいそうで」 「女子か、俺は」 「一人で頑張り過ぎないでほしい。いつか壊れてしまうから」 いつか壊れてしまうから、か。いつか、じゃない。 もうとっくにガタは来ていて、壊れているのかもしれないけども。 「ああ。まぁ、気を付けるよ」 「いつか、――いつか緑さんとも仲直りしてあげて下さいね。椿君にとっては大切な叔父さんにあたるんですから」 「……」 それだけは、海外へ飛び立つ千秋を安心させたくても、嘘は付けなかった。 謝りに来るなら、もっとちゃんと来るだろう。 でも、あいつは逃げた。 俺と会うのが怖くなったのか、俺にぼこられて愛想をつかしたのか、親に言いくるめられたのか知らないけど。 それがあいつの答えだ。 俺もあの瞬間、あいつが憎いと思ってしまった。 椿がいる幸せは感謝している。一生味わえなかったと思う。 けれど騙されて、生きるはずだった道がこんなにも変わってしまって、その主犯で。 その主犯が、何食わぬ顔で一番親切なふりをして傍に居たのが気持ち悪かった。 あんなに沢山傍に居た。キスもした。セックスもした。 痛いだけの挿入が、指を絡めるだけで、キスをするだけで、愛を囁くだけで、少しだけマシになていたのに。 あんなに大切で、あいつがいなきゃ俺も椿も生きていけなかったはずなのに。 なのにどうしても心が拒絶した。 あいつもあんなに俺に殴られて愛想をつかしたのかもしれない。 謝る気にはならない。俺が傷つけたのは心じゃないから。 俺と緑は、もう会うこともなくお互いの生活が始まった。 次に会うのは、椿が10歳の時、――緑が結婚したと言う一本の電話からだったから。

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