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三
息を飲む。
いや、息をするのを忘れる。
頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
そんな真っ青なブーゲだった。
向日葵や薔薇、コスモス、百合。
様々な種類の花が青色に塗られ、寂しく泣いているようなブーゲだ。
凍りつくような、触ったら氷で怪我してしまいそうな、ブーケ。
泣いていた。太陽の心は――泣いていた。
「太陽!」
店に飛び込んできた俺を見て、太陽は眼を見開いたあと、見る見るうちに怒りに満ちた色に瞳を染めた。
髪が少し伸びた、とか、
ちょっと痩せた?とか、
影がある色気が滲みでていて言葉を失う。
「キャンセルだろ! 一方的に雷也とか言う奴から連絡が来た! 失せろ! 俺の前から消えろ! 死ね、顔もみたくねぇよ!」
暴言を吐きながらも、太陽は今にも泣き出しそうな震えた声をしていた。
彼は八年経った今でも、こうして強がって危うい。
「違うんだ、俺は今回は本当にその、雷也が嘘をついただけで、キミを騙そうなんて微塵も思っていなかった。太陽にただ、許して貰いたくて、ずっと苦しかったんだ」
情けない、覚束ない言葉で必死で言いわけの言葉を並べた。
情けなくてもいい。呆れられてもいい。
ただもう、『嘘』でキミを傷つけたくなくて、必死だった。
「聞きたくない」
「太陽」
「もう、うんざりだ。八年も消えてたんだ。次に会うのは10年後か? お前はそんなに俺に会わなくても平気なんだから、今さら許して貰うなんて、おかしいだろ。誰が許すんだ?」
自虐的に笑うが、太陽は泣かなかった。
泣かない代わりに、泣きそうに悲しいブーケを俺へ投げつける。
宙に散らばる青い花弁が、まるで涙のように辺りを埋め尽くし、視界を奪った。
「椿は、もう一ミリもお前を覚えてない。ざまあみろ」
くくっと笑うと、机を蹴飛ばし小さくいてぇと零す。
「今さら、俺たちの前に現れたら迷惑ってことだ。お利口なお前になら分かるだろ? 寒田さんよぉ」
それは、大きな大きな嘘だった。
拒絶して、もう俺なんて信用できなくなるぐらいの、嘘。
俺が想像していた以上に太陽は、繊細で壊れやすい性格だったんだ。
壊れて傷ついた心を癒すには、――傷つけるものを拒絶して受け入れることや許すことはしない。
太陽を捨てた母親のように。
頑なに母親と会わず、母親を頭の隅から追い出したように。
太陽はもう俺という存在を追い出したいんだ。
それが、現実なんだ。
「太陽は、椿君の世話を手伝ってくれるなら、俺じゃなくて良かったですか? もし千秋先生の親に反対されてなかったら、彼女との道を選んでましたよね?」
「何が言いたいんだよ」
「俺は確かに貴方を傷つけました。傷つけて、泣かせて、抱きました。いや、抱かせてもらいました。でも俺は、寂しいからと太陽の代わりに雷也を傍に置くつもりも、誰かと婚約するつもりもありませんから」
浅ましく縋って、こんな惨めな姿、太陽からはどんなふうに映っているんだろうか。
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