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十五言、緑

それから家に帰って、冷蔵庫に何も無かったからコンビニに飯を買いに行った。 どこをほっつき歩いているのか知らないが、椿は今日も朝帰りだった。 近くのコンビニだからと店を開けっぱなしで行ったのが運のつき。 店に戻ると、――俺の明日御客へ渡す用のブーケの前に、スーツの男が立っていた。 仕立てのいい、糊の効いたストライプのスーツ。 一本も乱れの無い、ワックスで固められた髪。 後ろ姿だけで、俺は誰か分かった。 10年ぶりなのに、分かってしまった。 不快だ。不快過ぎる。 「誰、お前」 わざとらしく、そう聞いた。 その男は、勿体ぶるようにゆっくり俺の方へ振り向いた。 10年ぶりの奴の顔を見ると、心はざわざわとざわつくのに、凍てつくように冷たく固まっていく。 「また、会いに来てしまってすいません」 目尻に深みが出て、少し大人っぽくなっている寒田が此方を懐かしげに見ている。 愛おしむようなその瞳が、今すぐ泣きだしそうで酷く不快だった。 「誰すか。さっさと商品の前から退いて、帰ってくれ」 10年も経っているのに、よくもまあまた俺の前に現れたと言ってやりたい。 顔の造形が分からなくなるぐらい殴ってやりたい。 「やはり、太陽の造るブーケは美しくて、そして少し寂しい」 「お前には、関係ねーけど?」 「恋人、できたんですか?」 「――!?」 「貴方は一人で椿君を育てていない、と聞いたので」 寒田の言っている意味が分からず、眉間に皺をよせながら睨みつける。 「俺の代わりが、もう貴方の隣にいるんですか?」 寂しく、そう笑う寒田に血管が切れるかと思うほど、キレた。 殴ろうと思った俺の右手は、テーブルの上に置かれていた花瓶を握り、 代わりにそれを降り掛けていた。 「ふざけんじゃねーぞ!」 突き飛ばし、濡れそぼる寒田を睨みつける。

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