78 / 206
十五言、緑
それから家に帰って、冷蔵庫に何も無かったからコンビニに飯を買いに行った。
どこをほっつき歩いているのか知らないが、椿は今日も朝帰りだった。
近くのコンビニだからと店を開けっぱなしで行ったのが運のつき。
店に戻ると、――俺の明日御客へ渡す用のブーケの前に、スーツの男が立っていた。
仕立てのいい、糊の効いたストライプのスーツ。
一本も乱れの無い、ワックスで固められた髪。
後ろ姿だけで、俺は誰か分かった。
10年ぶりなのに、分かってしまった。
不快だ。不快過ぎる。
「誰、お前」
わざとらしく、そう聞いた。
その男は、勿体ぶるようにゆっくり俺の方へ振り向いた。
10年ぶりの奴の顔を見ると、心はざわざわとざわつくのに、凍てつくように冷たく固まっていく。
「また、会いに来てしまってすいません」
目尻に深みが出て、少し大人っぽくなっている寒田が此方を懐かしげに見ている。
愛おしむようなその瞳が、今すぐ泣きだしそうで酷く不快だった。
「誰すか。さっさと商品の前から退いて、帰ってくれ」
10年も経っているのに、よくもまあまた俺の前に現れたと言ってやりたい。
顔の造形が分からなくなるぐらい殴ってやりたい。
「やはり、太陽の造るブーケは美しくて、そして少し寂しい」
「お前には、関係ねーけど?」
「恋人、できたんですか?」
「――!?」
「貴方は一人で椿君を育てていない、と聞いたので」
寒田の言っている意味が分からず、眉間に皺をよせながら睨みつける。
「俺の代わりが、もう貴方の隣にいるんですか?」
寂しく、そう笑う寒田に血管が切れるかと思うほど、キレた。
殴ろうと思った俺の右手は、テーブルの上に置かれていた花瓶を握り、
代わりにそれを降り掛けていた。
「ふざけんじゃねーぞ!」
突き飛ばし、濡れそぼる寒田を睨みつける。
ともだちにシェアしよう!